小宮のノンフィクション

 春のある日、花粉症らしい症状に悩まされていた私は近所の医院に行った。診察は5分で終了し(やっぱり花粉症だった)、医者に書いてもらった処方箋を持って、次は医院の横手の薬局へ。
 ご存知のとおり薬局では、処方箋を薬剤師に渡してから薬をもらうまで、若干の待ち時間がある。その頃は花粉症シーズン真っ只中で、  春のある日、花粉症に悩まされた私は医者に行き、症状を抑える薬の処方箋を書いてもらった。薬局で薬剤師に処方箋を渡し、薬を受け取るまでの時間、暇なので、待合室でテレビを見て待つことにした。そのときテレビではワイドショー番組をやっており、次のような実話が紹介されていた……。

 ある町に若夫婦が住んでいた。夫婦は毎日を平和に暮らしていたが、ある日妻のAさんに一本の電話がかかったのをきっかけに、次々と奇妙な出来事が起こり始める。
 その電話は知らない男からのもので、男はAさんに名指しでいやらしい誘いをかけてきた。Aさんはすぐに電話を切った。ところが同様の電話が、その日の昼間だけで4本もあった。それも、どれも違う男からのものだった。専業主婦であるAさんは昼間は一人で家にいるので、電話がくるとAさんが出ざるを得ない。しかし気丈な性格のAさんは、次に電話が鳴ったときも無視せずに応じた。そして5本目の嫌がらせ電話の主に、どこで家の電話番号を知ったのかを問い質した。相手は悪びれずに答えたという。
 仕事から帰った夫に事情を説明し、Aさんは翌朝早くに夫と近所の公園へ行ってみた。すると電話の男の言ったとおり、公園の隅の男子トイレの中に、Aさんの名前と家の電話番号、それに卑猥な文句とを刷った張り紙が貼られていた。ワープロの文字なので誰が書いたのかはわからない。Aさんの夫は張り紙をすべてはがし、破り捨てた。
 そのおかげで嫌がらせの電話は止むが、事件は終わらない。
 翌日から、ドアにペンキで落書きされたり、家の前に生ゴミがぶちまけられていたり、自転車のタイヤをパンクさせられたりと、次々に悪質な嫌がらせを受け始める。それもどうやら、嫌がらせのターゲットはAさんらしい。Aさんは夫や友人に相談するが、夫はどんなに心配しても仕事を休むわけにはいかず、友人たちもそれぞれ家庭や仕事があり、つきっきりで助けることなどできない。日に日にエスカレートする嫌がらせにAさんは精神的に追い詰められていく。このままではいけないと感じたAさんは、ついに専門家に助けを求める。
 専門家のアドバイスはこうだ。玄関前に監視カメラを設置し、様子を見ること。ドアや家の壁への落書き、家の前にゴミを捨てられる、などの嫌がらせが繰り返されていることを考えての措置だ。ただし、カメラを置くことは決して誰にも話してはいけない。どこから話が漏れるかわからないからだ
 Aさんはそのアドバイスに忠実に従った。玄関脇の花壇の陰に小型カメラを隠し、そのことを友人にも、両親にも、夫にさえ秘密にした。そして翌朝、またも玄関前にゴミが散らかっているのを見たAさんは、犯人が映っているかもしれないと思い、カメラの映像を確認することにした。
 テープにははっきりと犯人の姿が映っていた。それを見たAさんはあっと息を呑んだ。Aさんに悪質な嫌がらせを繰り返した犯人の、意外な正体とは……

「小宮さーん、小宮さんお薬でーす」
 この絶妙なタイミングでいきなり名前を呼ばれ、私はびっくりしてしまい、一瞬テレビのことを忘れてしまった。おまけに薬局の中は私と同じ花粉症患者がうじゃうじゃ増えていて、ゆっくりしている余裕もない。私は薬剤師のところへ飛んでいき、処方薬について懇切丁寧な説明を受けたあと、やっとの思いでテレビに戻ることができた。
 Aさんの話題はもう終わっていた……。

泣。

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