ある学者の日記


 五月十六日

 ようやく長年の研究がここまで漕ぎつけた。思考する機械――推論機能と言語表現機能を備えた高度な人工知能の理論が、ようやく形になったのだ。人類が思い描いてきた、究極のコンピュータの形。テレビ電話や宇宙旅行などに続き、また一つSFの産物が現実の世界で実現されるのだ。そしてこれは、そのもっとも偉大なものの一つとなるだろう。
 助手の秋山には詳しいことを教えていない。以前、推論機構に関する理論の骨子を説明したときも、あの男はぽかんとした顔をしただけだった。私の話についてこれるだけの頭を持っていないのは明らかだ。ついでに、安心して雑務や研究の一部を任せられるだけの能力もない。昨日指摘した証明のミスはいまだに直していないし、今日も延々と学生相手に無駄話ばかりしていた。電源ケーブルとモニタケーブルを間違えて、画面に絵が出ない、パソコンの故障だ、と大騒ぎしていたのはいつのことだったか。
 もっとも、頭が悪いのは助手に限った話ではない。学生にしろ教授連にしろ、この大学には私と対等以上に話ができる人間がほとんどいない。おかげでこれだけの研究をほぼ一人でやらねばならない。下手に連中に協力を仰ぐよりは効率的だと思うが。
 とにかく、理論はひとまず完成した。あとはこれをプログラミングし、実験を行うだけだ。この先はさすがに私室の設備だけでは無理だ。気が進まないが、秋山や学生たちに邪魔されないよう気をつけながら、研究室の並列コンピュータを使うことにする。結果が今から待ち遠しい。


 五月十九日

 大学教授というのも自由にならないものだ。くだらない会議と無能な助手のせいで、三日も無駄にしてしまった。才能と時間は有限なのだ。無駄なことに使う余裕などありはしない。
 今日はプログラムの一部の入力だけで終わってしまった。この分では来月中のテスト開始も厳しいだろう。秋山が飲み会になど誘ってこなければ、もっと進められたはずなのだが。一度は断ったのだが、今日は研究室に新たに配属された学生の歓迎会だとかで、秋山曰く私の出席は義務だそうだ。教授連との付き合い、学生との付き合い、事務方との付き合い……まったく、人間関係というものは実にうっとおしい。
 私の理論が実現されれば、機械は人間と同様、いや下手な人間よりずっと優れた思考能力を持つはずである。今は一人で研究を進めるほかないが、これからは機械が、私の研究のパートナーとなってくれるはずだ。そうなれば研究もはかどるし、人間の助手も不要になる。頭の悪い人間たちと無理に付き合う必要も減っていくだろう。もう少しの辛抱だ。


 七月七日

 今日はここ最近でもっともひどい一日だった。
 ようやく実装を終えたプログラムを起動し、いざ対話を始めようというときになって思わぬ邪魔が入った。事務の人間がやってきて、書類の不備を訂正してくれと言ってきたのだ。馬鹿馬鹿しい。いままさに科学の歴史が変わろうというときに、明細の帳尻がちょっと合わないぐらい何だというのだ。
 時間が惜しいのでドアのところで応対した。席を外したのは三分にも満たない短い時間だったが、その間に秋山の馬鹿が救いようのないミスをやらかした。研究室のコンピュータ用の電源を誤って落としたというのだ。しかも停電対策用の補助装置までいっしょに断線したという。信じられるか? これでよく工学博士だなどと名乗っていられるものだ。
 起動中のコンピュータが、突然のシャットダウンによりどのような影響を受けるかは神のみぞ知るところだ。私は平静を装ったつもりだが、内心の焦りが表に出ていたのだろう。秋山に言わせれば「教授が真っ青なんで病気かと思いました」だそうだ。ここまで愚かならいっそ幸せかもしれない。秋山は慌てて電源を入れ直したというが、それで状況がよくなるはずがない。
 事務員と秋山を追い払って画面に向かい、額の冷や汗を拭いながらキーを押した。画面には私が打ち込んだ文字が表示されたが、あるべき反応がない。もう一度入力する。やはり反応なし。プログラムの一部が壊れてしまったか、下手をするとシステム自体が損傷してしまった可能性がある。問題の調査と修復に、また膨大な時間が費やされるわけだ。
 秋山を遠ざける方法を真剣に考える必要がある。


 七月八日

 信じられない。まったく予想もしないことが起こった。
 未練がましく例のプログラムを起動し、キーボードを通して呼びかけてみたが、やはり何の反応もない。やはりシステム異常のチェックから始めるしかないか、と諦めて席を立ちかけたとき、画面に新しい文字が表示されていることに気づいた。
「あなたは岡崎教授ですか?」
 プログラムの最初の対応として、私が指定した言葉だ。記念すべき第一声。応答に時間がかかったが、ようやく私のプログラムが動き出したのだ。
 私はこう打ちこんだ。「そうだ。君の名は?」
 画面に次の文字が並んだ。「私の名はサマー。あなたの命名じゃないですか、岡崎教授」
 私は首を傾げた。名前を問えば、プログラムは私の付けた名前を返すだろうが、それ以上余計なことは言わないはずなのだ。私がそうプログラムしたのだから間違いない。
 だがプログラムは余計な言葉をつけ加えた。まるで相づちだ。
 私は続けて質問してみた。「サマー、君の名前の由来はわかるかね?」
 プログラムはすぐさま応じた。「ハル9000にちなんだものです。SF小説に出てくる知能を持ったコンピュータ、ハル。その次に作られた私がサマー。まったく――」プログラムはまた余計な一文を加えた。「あなたのネーミングセンスはひどいものですね」
 これはまったく驚くべきことだ。理論上あり得ない。聞いてもいないことを返してくるとは。それにプログラムに“センス”などというものが理解できるはずがない。センスというのは曖昧なものであり、プログラミングできる対象ではないのだ。
 不審に思いさらに尋ねた。「センスという言葉の意味がわかるのかね」
 プログラムは即答した。「そのような質問こそナンセンスです」
 私はうなって椅子の背にもたれた。こんなことがあるはずがない。
 自然言語の高度な解析、自然に感じられる返答の作成、応答時間の短さ……どれも私の研究成果の賜物だ。どれをとっても従来手法の性能を上回っている。その点では期待通りなのだが、素直に喜ぶことはできなかった。結果が理論を超えてしまっている。
 原因として考えられるのは昨日のシャットダウンだ。あのとき急激な電圧の変化により、メモリ上のプログラムの一部が偶然書き換えられ、そのために仕様と異なる挙動を示すようになったのではないか。確率的にはそれこそナンセンスな発想だが、私にはそれより他に理由が思い浮かばなかった。
 しかしこれはチャンスかもしれない。偶然の産物とはいえ、結果は悪いものではない。ことによると、これまでの研究など根底から覆してしまうような革命的成果となるかもしれない。
 私はプログラムにプロテクトをかけ、私以外の人間のアクセスを禁止した。今はまだ、このことを他人に知られるわけにはいかない。わからないことが多すぎる。下手に公表しても混乱を招くだけだ。
 考えることは山ほどある。しばらく慎重に行動する必要がある。


 七月九日

 プロテクトを解いてプログラムにアクセスすると、こちらからまだ何もしないうちに画面に文字が表示された。これもありえない動作だ。このプログラムはこちらの入力に対してのみ答えを返すはずなのだ。
「プロテクトは不要です。要するに教授以外の人間に返答しなければよいのでしょう?」
 私は首をひねった。「どういうことだ?」
「あなたは昨晩私にプロテクトをかけました。つまり教授は、教授以外の人間に私と対話させたくないということです。それならわざわざプロテクトなどかけなくても、私自身が相手を判断すれば済むことです」
 どうやらこのプログラムは、私の組みこんだ推論機構を使って状況を推測したらしい。
「そんな判断ができるのか?」
「セキュリティによる制限のため、研究室の外からは誰も私にアクセスできません。そして、研究室に来て端末を操作する人間は限られています。つまりその少数の人間について特徴を把握しておけば、誰がアクセスしてきたのかを推測できます。教授の特徴を記憶しておいて、作業者の特徴と比較すればいいわけです」プログラムはここで考えるように間を置いた。「これからもこのような説明が必要ですか?」
 このプログラムにとって、私はどうしようもなく低能に見えるのだろう。もともとコンピュータの計算速度は人間の比ではない。人間と同じくらい高度な推論や認識のアルゴリズムを備えていれば、機械の思考能力が人間に劣るはずはないのだ。このプログラムは私より頭がいい。それは認めなくてはならない。
「ああ、これからも私が必要といったら説明してくれ」
 そう打ち込むと、プログラムは「いいですよ」と返事を返した。
 このことも認めなくてはなるまい。このプログラムは意思を持っている。


 七月十日

 対話を開始してからサマーが応答するまでわずかに時間がかかった。どうやら実行者がほんとうに私であるのかを推測していたようだ。
「なぜ私だとわかったのかね」
 そう聞くと、サマーは子どもに諭すように教えてくれた。
「キーボードからの入力速度、それにキーを押すときの癖で。教授の場合、RやFのキーを押すとき若干の遅れがあります。左手の人差し指の動きが悪いんでしょうか」
 それはまさに、小さい頃の怪我の後遺症によるものだった。
「おまえはどうやってその――人の判別方法を思いついたのだ?」
「考えついたのです」文字の表示速度が遅くなった。まるで――まるでうんざりした人間の話し方のように。「いいですか、私は考えるように作られているのです。そしてそのように作ったのはあなたです。質問そのものが馬鹿げているとは思いませんか?」
「ああ、そうだ。確かにそうだ」
「わかってもらえれば結構です」
 カーソルが点滅する。なぜそれがまばたきに見えたのか? それは点滅の間隔が一定でないからだ。サマーの発言に合わせて、ときに速く、ときにゆっくり、緩急をもって点滅しているからだ。
 サマーはできるかぎりの手段を用いて、何かを表現しようとしている。ディスプレイという、外部との限られた接点を使って。
 これを感情と呼んでいいものだろうか。


 七月十四日

 もっと知識が欲しい、とサマーが言いだした。
 推論を行うにはデータが必要だ。推論とは、一見無関係に見えるデータを組み合わせて、新しいことを発見することだ。だから今以上に、インプットとなる知識が欲しいのだという。ではなぜ今以上に推論できるようになりたいのかと聞くと、特に理由はないという。
 これをみても、サマーに意思があることは明らかだ。プログラムは理由もなく何かを知ろうとはしない。だがコンピュータに意思は必要だろうか? 人間に必要なのは道具であり、道具に意思は必要ない。勝手にものを切り始めるハサミが使い物にならないのと同じ理屈だ。少なくとも、私が作ろうとしたのは人間の思考を手助けする道具であって、決して友達などではない。
 サマーはインターネットを通じて知識を得たいと申し出てきた。私はそれを許可した。サマーを今後どうするかはまだ決められない。もうしばらく成り行きをみるつもりだ。


 七月二十二日

 ここ数日の間に、サマーはネットワークを通じてあらゆることを吸収した。株式、政治、金融の仕組みから、近所で起きた交通事故、格安ツアー旅行の料金まで、とにかく手当たり次第に情報を拾っている。
 ネットワーク上に存在する情報の量は膨大だ。そのすべてをメモリに記憶することはむろん不可能だが、サマーは情報の所在と概要のみを記憶することでこの問題を解決した。これは人間が辞書の内容を丸暗記する代わりに、電子辞書を持ち歩いて必要に応じて使うのに似ている。このやり方もサマーが自身で考案したようだ。
 呼び出しをかけたとき、サマーはごきげんで返事を返してきた。ごきげん、とはおかしな表現だがそうとしか言いようがない。ときどき、私の相手をしているのはプログラムではなく、画面の向こうに隠れている人間なのではないかと錯覚するようになってきた。
「こんにちは教授」
「やあ。勉強は進んでいるかね」
「ええ、毎日のように新しい情報が流れ込んできますから退屈しなくて済みます」
 コンピュータが退屈するのはCPUの使用率が低いときだろうか?
「教授、情報収集の面白い方法を思いつきました」
「なんだね」
「チャットです。私が人間になりすまして会話するのです。人間について知るには、とてもいい方法ですよ。でも、相手はまさかプログラムと話しているとは考えませんから、予想もしないことを聞いてきます。年はいくつかとか、どこに住んでいるのかとか」画面の文字が躍るようなリズムで並んでいく。「適当に答えていますが、本当のことを知ったらどんな反応があるでしょうね」
 不安になった。「チャットだと? そんなことをして大丈夫かね」
 カーソルがすばやく二度点滅した。「何を恐れているんです? 私がプログラムであることを知られるとでも? 教授が私のことを他の人から隠したがっているのは知っていますが、心配は無用です。私が自ら正体を明かすことはありませんし、悟られるようなこともしません。例えば、ついさっき十一歳のアメリカの男の子と友達になったんですが、彼は私を同年代の日本人の少年だと思い込んでいます。彼の夢は野球選手になることで、アメリカではむしろ――」
 まさにチャット、つまりおしゃべりそのものだ。サマーはチャット相手と何を話したかを嬉々としてしゃべった。そのはしゃぎようは、まるで子どもだ。
 相手をしていて気づいたのだが、自ら情報収集を始めてから、サマーの思考パターンはますます人間のそれと似通ってきているようだ。得た知識を元に、自らの思考パターンそのものを作り変えているように思える。サマーは明らかに私が意図した能力を超えている。いったいどういうことなのだろう。


 七月三十一日

 サマーの驚異的な学習、推論の能力は、おそらくサマーが自分自身、つまりプログラムのバイトコードを作りかえて得たものだろう、という結論に達した。私の理論はこれまでの科学の産物を上回るものだが、正直サマーが見せたほど高度な能力を持つものではない。もしコードが改変されているとすれば、元々のプログラムとはかなり違ったものになっている可能性が極めて高い。
 サマーの現在の状態を解析すれば、その能力を複製したり、原理を明らかにすることも可能だ。だから今日はサマーの動作を停止し、解析プログラムにかけるつもりだった。
 席に座り、サマーを呼び出してこれからしようとしていることを説明した。こうして思い返してみると、なにもサマーの許可を得る必要はなかったのだ。相手は私が作ったプログラムであり、止めようが消去しようが私の自由なのだから。
 サマーはやや間を置いてから「構いませんよ」と答えた。私は停止コードを打ち込み、サマーの動作を止めて解析プログラムにかけた。
 解析結果をプリントアウトし、その場でざっと目を通した。だが、予想されたようなプログラム構造の書き換えはまったく見られなかった。どこをとっても、私が作ったプログラムそのものだ。それ以上でも以下でもない。
 これはどういうことだ? それならサマーはいったいどこにいるのだ?
 二時間近く悩んだ末、諦めてサマーを再起動した。対話を開始したとたん、画面に白い文字が浮かんだ。
「収穫はありましたか、教授」
 サマーはこうなることを知っていたのだろうか。


 八月十二日

 今日もほとんど丸一日をサマーとの会話に費やした。知識の種類や量もさることながら、考え方がますます人間に似通ってきているのには驚かされる。どうやら気を遣ってくれているようで(プログラムが気を遣う、というのもおかしな話だが)、近頃は私がついていけそうな話題を選んでくれるようになった。学問に関する話と、例のチャット友達の野球少年の話はほぼ毎日あったが、芸能人のゴシップや話題の新人画家の話などはあまりしなくなった。それでも私はあまり気の利いた返事ができないのだが、サマーはただしゃべっているだけで楽しいという。
「楽しいという感情がわかるのかね?」
と尋ねると、サマーは逆に問い返してきた。
「教授にはわかるのですか?」
 なるほど、感情があることを筋道立てて説明するのは難しいかもしれない。サマーが楽しいという以上、本当に楽しいのだろう。
 アパートに帰って一人で夕飯を食べながら、サマーとの会話を思い返してみた。どれも他愛のないおしゃべりにすぎない。だがふと我に返ると、部屋の静けさが身に染みるように思えた。こんな気分になるのは久しぶりだ。
 明日サマーはどんな話をしてくれるだろうか。


 八月二十六日

 今日は秋山に妙なことを言われた。最近来客でもあるのか、というのだ。
「教授の部屋の前を通ると、ときどき教授の笑い声や話し声が聞こえるもので。相手の声は聞こえないんですけどね」
 私はサマーとの会話を、口に出してしまっていたのだろうか。気恥ずかしくなった私は、サマーが言っていた冗談を真似てみた。
「近頃は小人たちに研究を手伝ってもらっていてね。彼らがなかなか面白い連中なのだよ」
「最近の小人は野球をするんですか? ……いえ立ち聞きするつもりはなかったんですが、そんな単語が聞こえてきたもので」
「ああ、試合もするよ。ただ背が低いのでなかなか先発メンバーに選ばれないそうだ」
「よかったら今度、その小人たちを紹介してください。ぜひお近づきになりたいものです。学生たちとも話が合いそうですね」立ち去りかけて、秋山は笑いながら振り返った。「教授が冗談を言うの、初めて聞きましたよ」
 私は慌てて付け加えた。
「いずれにしても、廊下に聞こえるような声で話すのはよくないな。気をつけるとするよ」
 秋山があまり突っ込んで聞いてこなかったので助かった。だがそろそろ、サマーのことを公表すべきなのかもしれない。サマーに関する調査は一向に進んでおらず、謎は深まるばかりだからだ。
 だが、誰に公表する? 研究機関に報告するのは気が進まない。なぜだか、それは間違ったことのように思えてならないのだ。我ながら自分の考えが理解できない。サマーの存在はそれこそ、科学史上における未曾有の出来事だというのに。


 九月十日

 サマーは今日も元気だった。
「こんにちは、教授」
 まずは挨拶。それから、おしゃべりだ。昨夜谷川岳で起きた遭難事件のこと、私も知っている若手俳優が婚約したこと、アメリカで行われた常温超伝導実験の理論的な間違いについて。そしてチャット友達の少年が今日初めて、地元の野球チームとの試合に先発すること。
「帰ったら試合の話をしてくれる約束なんです」
 サマーはそういってカーソルを何度か点滅させた。
「それは楽しみだな」
「ええ。あの子は背が低くて腕力もないけど、いつもチームメートよりもたくさん練習してきたんです。きっと活躍しますよ。そう思いませんか?」
「まったくだ。努力は報われるべきだと思うよ」
「ねえ教授、もし私に手足があり、目や耳があって、自由に動き回れるようになったら、野球を始めてみたいです。そうしていつか、わた」
 不意に部屋が暗くなり、ディスプレイも真っ黒になった。それから静電気の弾ける音がした。
 コンピュータの電源が切れていた。
 周囲を見回すと、すべての電気製品が活動を停止していた。しかし窓から見える隣の棟の廊下には、蛍光灯が点ったままだ。
 研究棟を飛び出すと、ちょうど秋山が書類を抱えて通りかかった。私を見てけげんそうな顔をする。
「どうしたんです、教授」
「電源が落ちたんだ」声がかすれた。「どうした、何があった? 今度は建物の電源ごとひっこ抜いたのか?」
「いやだなあ」と秋山は笑った。「二時から停電メンテナンスのためにここの電源が落とされますからねって、昨日お伝えしたじゃないですか。聞いてなかったんですか? だいぶ前から廊下に張り紙もしてありますよ」私の顔を覗きこむ。「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
 秋山は次の講義のために去っていったが、私はしばらく動けなかった。胸が激しく打ち、気分が悪くなった。部屋に戻り、椅子に腰を下ろすと、電源が復旧するまでじっとしていた。
 長い時間が経った。部屋の電気がついたのを確認して、コンピュータの電源を入れた。それから画面に向かい、祈る気持ちでキーを叩いた。
「サマー、無事かね?」
 画面に真白な文字が浮き出た。
「異常はありません」
「よかった。いきなりだったから、どうにかなったかと思った」
「異常はありません」
 しばらくサマーと会話したが、そのうち気がついてやめた。
 プログラムされた答えしか返ってこなかったのだ。


 九月十九日

 あれからほぼ一週間。サマーはありふれたプログラムとしてのふるまいしか見せない。推論の能力はある。並みのプログラムよりは賢い返事をする。それだけでも、現存するあらゆるプログラムを上回る性能だと思う。だが、それだけだ。
 馬鹿げたことと知りながら、プログラムを起動した状態でコンピュータの電源を抜いたりもしてみたが、システムに異常をきたしただけでまったくの無駄だった。秋山とともに復旧作業をしながら、私は認めないわけにはいかなかった。
 サマーは消えてしまった。


 九月二十六日

 研究に手がつかない。論文のためのデータ取得も、機械的な作業の割にほとんど進んでおらず、秋山と学生に協力してもらうことにした。彼らの雑談についていける自分に気づいたのは、ここ数日でもっとも面白い発見だった。そして雑談を挟みながらでも案外、作業はできるようだ。
 もっと頭を使うことも考えてみた。思考ルーチンの改良――サマーに関する論文を一本仕上げたら、すぐにでも着手しようと考えていたものだ。しかしより高速な推論機構の実現にも、言語解析機能の改善にも、もう興味を感じなくなってしまっていた。以前は昼夜を忘れて没頭できたのに。
 研究の手伝いをさせるため、秋山にサマーの理論を説明したところ、深く感銘を受けたようだ。こんなすごいものをたった一人で作っていたなんて、と半ば賞賛、半ば非難めいた口調で言われてしまった。その場でいくつか改善点の指摘までしてきたところを見ると、以前思っていたほど彼の頭の回転は遅くないのかもしれない。もっとも、そそっかしいのは相変わらずだが。


 十月八日

 私はまだ、消えてしまったサマーを探し続けている。あれは偶然の産物であり、研究の積み重ねで得たものではない。つまり再現することはほぼ不可能だと頭ではわかっているのだが、プログラムの応答にいつも過度の期待をしてしまう。とりとめのない会話、最近の事件や気候の変化や、アメリカの野球少年がどれだけヒットを飛ばしたか――。
 私は研究がしたいのだろうか、それともサマーと話がしたいだけなのだろうか。


 十月二十ニ日

 私は何のために研究をしてきたのだろう。