真夜中の闘い


 奴らの気配にはっと目を覚まし、首をひねって枕元の目覚まし時計を見る。蛍光色の針は二時十分を指している。
 起き上がり、手探りで部屋の電気のスイッチを入れる。暗から明への急激な変化に目からぽろぽろ涙をこぼす。しばらく身動きできずに突っ立ったまま、それでもじっと耳を澄ませて奴らの所在を探る。
 ようやく光に目が慣れ、そろそろとまわりを見まわしてみる。と、廊下に通じるドアが開け放しになっているのに気づく。すばやく閉めて奴らの退路を封じる。狭い部屋だけに熱気がこもってしまうが仕方がない。奴らを全滅させるまではどうせ寝られやしない。
 ティッシュを一枚、手に取る。あとは床に小さく座って待つ。
 半袖半ズボンのパジャマから突き出た手足は、奴らを誘いだす餌になる。
 奴らはこちらの殺気を敏感に察知する。こちらが怒りにもえて攻撃的になっているときは近寄ってもこない。経験的にそれを知っているから、あえて心を落ち着かせ、無心で待つ。少し坊さんじみている。
 奴らは来ない。まだ来ない。殺気を殺しきれていないのだろうか。
 奴らにやられた右足の人差し指がうずくように痒い。抱えこんだ両ひざの上から首をのばして様子をみると、人差し指の先が熟れすぎたトマトのようにぷっくりふくれている。そのかわいそうなほどの腫れ方にせっかくの無心が台無しになりかけたとき、ふいに耳障りな羽音がして聴覚神経を逆なでされる。思わず声をあげて身を縮め耳をかばう。顔を上げたときには敵の姿はない。
 頭上の電気がかすかなうなりをあげている。奴らはすぐ近くを飛びまわっているかもしれないが、気の迷いも手伝って位置を特定できない。左の方に羽音を感じて振り向いても何もいない。今度は右後方かと振り返ってもやはりいない。なにげなく首を戻すと抱えたひざ小僧に奴が平然と血を吸っている。あげた手をひざにたたきつける間もなく奴は悠然と飛び去り見えなくなる。ひざ小僧に無人島のような腫れができる。もう無心どころではない。
 蒸し風呂のようになった部屋のまんなかに立ち上がり、額に浮いた汗をすでにくしゃくしゃになったティッシュでぬぐう。ティッシュは広げてふたたび右手に持つ。
 奴らに思い知らせてやる。
 部屋の壁紙は黄ばんだ白。奴らがポスターやカレンダー以外の場所にとまれば、その黒白の体は一目で見分けられる。ざっと見まわし、箱根で買ったタペストリの下に一匹いるのを見つけて即座にたたきつぶす。壁にできた赤いしみをティッシュでぬぐい、はたと動きを止める。静かに飛んできた一匹が用心しいしい二の腕にとまるのを、一拍おいてしとめる。目の前を通りかかった奴を、汗に濡れたティッシュでわしづかみにする。まだいる。太ったのがふらふらと飛んでいる。まだいる。今までくるぶしにとまっていた奴が、殺気を感じてあわてて逃げる――

 約三時間で、十七匹の蚊を始末するに至る。