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……20世紀最後の夏、某プール施設W.L.に伝説の男が現れた。 「サンダースライダー」「Aスラの悪魔」「スライダーマン」「人造人間スライダー」……。 数々の異名を持つこの男の正体に、当取材班が迫った。(記事:班員M) |
「おい、すげえやつがいるぜ」 2000年8月×日、W.L.は異様な空気に包まれた。この日はあいにくの曇り空だったが、プールの入場者数は3000人超、晴天時と大差ない入りをみせた。その客たちの間に野火のごとく噂が広がったのは、あの男が現れた直後だったという。 「なんかぁ、スライダーをすごい速さで滑ってるやつがいるんですよ。しかもそいつ、いつも同じコースでしか滑ろうとしないんです」 この日、友人と泳ぎに来ていたT君(18、男)は興奮気味に語った。詳しく訊いたところ、彼がその男を見た場所はW.L.にあるスライダーのうち「Aスライダー(以下Aスラ)」、しかも3本あるコースのうちの俗称「Cコース」であると判明した。 T君はいう。 「それでさぁ、あんまり速いせいかなあ、なんか体のまわりに稲妻が走っているように見えたんだけど……はは、錯覚っすよね(笑)」 いや、錯覚ではない。われわれ取材班はこの時点で確信した。あの伝説の男――Aスライダー高速攻撃隊(通称Aチーム)、2番隊長改め1番隊長、コードネーム“サンダースライダー”が今年もW.L.にやってきたのである。 「おどろいちゃった。あの人めちゃめちゃ速いんだもん。でね、ぼくも(スライダーの)滑り方を教えてもらったんだ」 取材を続けるうちに、われわれは男と一緒にAスラを滑ったというO君(7、男)と接触、聞き込みを開始した。 ――君はあの男と知り合いなのかな? 「ううん、知らない人」 ――じゃあどうしてあの男と一緒に? 「『真の滑りを見せてやるぜ』っていきなり話しかけてきたんだ。なんか変な人なんだと思ったけど、すっごく速かったからやっぱりすごい人なんだよ。ずっと一緒に滑ってたんだ」 ――そう。じゃあ楽しかったんだね? こう訊くと、O君はなぜか堅い表情で「わかんない」と答えた。 ここで、W.L.関係者から事情を聞いてみよう。今年初めてW.L.での監視業務に当たったDさん(20、女)は、男を見たときの状況をこう語った。 「あの日はけっこう混んでいて、Aスラも(順番待ちの)人が並んじゃったんです。それで『見切り』を使ったんですけど――」 『見切り』とは、スライダーを滑る客を効率よく流すための手法である。Aスラは光が透ける材質でできており、スライダー下から見ると滑ってくる人の影がはっきり見えるようになっている。この影の位置と速さを見つつ客を流すのが『見切り』である。訓練を積んだ監視員のみが使える高等技術だ。 監視員Dさんはこの日、見切りを使って客を流していた。では、あの男の順番のとき何が起きたのか。 「見えなかったんです」Dさんは首をひねる。「あれ、通ったかな、と思ったときには、もう着水してるんです。Aスラであんな速さが出るなんて、信じられません」 ――どれくらい速いんでしょう。 「普通のお客さんなら、滑り終えるのに平均20秒はかかるんです。でもあの人はレベルが違いましたね」 ――常人のレベルを超える速さだった、と? 「それもありますけど……あの人自分でタイム測ってたんですよ。着水と同時に時計を見て、『ふう、やっと13秒切ったか。やっぱ体がなまってるなあ』って一人で笑ってるんです。私、気味が悪くって」 ――お客さんの反応はどうでした? 「何かのアトラクションだと思ったみたいです。あの人が滑ってくるたびにどよめきがあがってました。……あ」 ――どうしました? 「いえね、あの人が滑りはじめてから、Aスラを滑るお客さんがみんなあの人の滑り方を真似し始めたんです。流行ってああいうふうに生まれるんだなって……」 結局、男は一日じゅうAスラを滑り続け、その回数は80を軽く上回ったという。しかし多くの人々の噂になったこの男は、来たとき同様、いつのまにかW.L.から姿を消していた。彼の伝説がよみがえる日ははたして来るのだろうか? ……最後に、W.L.での監視員歴5年のK氏(23、男)の言葉を引用してこの記録を締めくくろう。 「あいつはね、Aスラそのものなんですよ」 〈了〉
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