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「なあ安安藤(やすあんどう)」 「なんですか銀俵(ぎんだわら)警部」 「この書類におまえの名前を書かなければならんのだが……おまえの下の名前はなんだったかな」 「恵子です」 「そうか、恵子か…… なにっ!?」 「ですから恵子ですよ。恵む子と書いて恵子」 「問題はそこじゃなくて……待てよ、ちょっと待ってくれ」 「いくらでも待ちますよ」 「おまえ……女だったのか?」 「はははは、『警部・銀俵』の話は背景描写が異常に少ないですからね、勘違いしてても無理はないです。でもわたしが男だという記述はこれまで一度も出てきてないじゃないですか」 「言われてみればそのとおりだが……」 「つまりわたしが男だと思っていた読者はそう思い込んでいただけなんですよね」 「思い込まなかった読者がいるのか?」 「100万人に一人くらいいるんじゃないですか?」 「なんで今ごろおまえの下の名前が明かされたんだろうな」 「作者が言うには、誰もツッコミを入れてくれないので仕方なくバラすことにしたのだそうで」 「さっきから“作者”だの“読者”だの言ってるが何のことだ?」 「さあ、わたしにもよくわかりません。台本にそう書いてあるだけですから」 「台本? ……いや、よそう。これ以上深く考えると虚しくなる気がする……」 「たしかに」 「他にも性別を勘違いしている人物がいるかもしれんな。『吾郷里(あごうり)連続殺人事件』の時の麻呂・ピエール・岡崎も女かもしれん」 「ピエールだから男なのでは……」 「じゃあ御鎚(みづち)はどうだ? あいつの下の名前は何だ?」 「あれ、まだ登場してませんか?」 「ああ。なんていうんだ?」 「茜(あかね)です」
「嘘だあああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「そんなに驚きですか? あんなに綺麗な女性(ひと)なのに」「よしてくれ、虫酸が走る」 「やだなあ、銀俵警部だってかわいらしい名前じゃないですか。見かけによらず」 「私の名前? 待てよ、思いだせん。いや、思い出さない方がいい気がする……」 「忘れちゃったんですか? 銀俵さんの名前は……」 「名前は……」 「“よね”です」
「嘘だあああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「嘘だあああああああぁぁぁぁぁぁ!」 と叫びながら銀俵は目を覚ました。 「どこだここは。……おお、そうだ会議中に昼寝をしてしまったのか」 見回すと部屋には誰もいない。 「誰もいないということは会議はとっくに終わったのだな。よかったよかった。危うく叫び声を聞かれるところだった」 銀俵は笑いながら廊下に出た。 笑い続けた。 笑ってていいのか。 ・「銀俵」へ |