神話伝説の類を好んで読む筆者のような奇妙な人間でなくても、アーサー王物語の名前くらいは聞いたことがあるだろう。特にゲーム好きな諸君ならば関連語句に触れたことが少なからずあるはずだ。アーサー王、エクスカリバー、ランスロット、ガウェイン、ガラハド、円卓の騎士、マーリン…このあたりの単語はほぼアーサー王物語が出所と思って間違いはあるまい。
が、用語だけなら知ってます、というのではもったいない。このアーサー王物語、なかなかにして懐が深く味わいも深く、なによりツッコミどころ満載なお話なのである。せっかくなので今回はそのツッコミどころに的を絞って、諸君らに物語の手ほどきをしてみたいと思う。
それに先立って一つ断りを入れておきたい。このアーサー王物語というものは一人の作家が頭からしっぽまで書いたものではなく、いくつかの話をアーサー王を軸にしてくっつけた上、民話や伝承をあちこちから集めて一緒くたにした代物のため、本によって微妙に内容が違ったり、収録エピソードがあったりなかったりする。しかも筆者は自分が読んだ本の、しかもいくつか読んだはずの本のタイトルを根こそぎ忘れてしまったため記憶だけを頼りにつらつら書き殴っていくつもりなので細部どころかいろいろおかしな感じになる予感がするが、もともとごった煮みたいな話なのであまり茶々を入れずに読み流して頂きたい。
- アーサー王、エクスカリバーを抜く
有名だ。あまりに有名な話である。ディズニー映画では少年アーサーが剣を引っこ抜く。岩だか台座だかにぐっさり刺さって大の大人も力自慢もいくら力を込めても抜けなかったものが、アーサーの手によりすらりと抜かれ…このシーンだけでもさまざまな作品でオマージュされているはずだ。
しかしだ。このエクスカリバー、原作では実はそれほど大した剣ではない。聖属性だったり、所持しただけで力が5ポイントプラスされたりすることもない。では何が嬉しいのかというと実は剣ではなく鞘に秘密がある。なんとこの鞘、持っていると所持者は一切傷つけられることがなく、血を流すこともないというこれ一つでゲームバランスを確実に崩壊させるチート属性を秘めているのだ。エクスカリバー自体も魔力を秘めているとかなんとかいうが鞘のチート属性に比べたら村人3くらい目立たない。古の時代より岩から抜けないだの、選ばれしものだけが抜けるだのというヨタ話が横行している最中、この鞘はいったいどこにあったのだろう…。なかなかに興味の尽きないところだがこれだけははっきり言える。
剣なんて飾りです。
- 魔術師マーリン
さて、アーサー王物語には王の顧問にして魔術師でもある、マーリンという人物が登場する。「賢者」「強力な魔法の使い手」などと物語中ではさんざん持ち上げられているが、実のところ彼の力はいったいどれほどのものなのか?
分かりやすいエピソードがある。あるときアーサー王率いる軍勢は敵の猛攻を受けて退却を強いられる。かなりの大苦戦だったようで、とにかく王はこの危険な戦場から脱出しなければならない。しかし逃げ惑ううちに日は沈み、気づけば目の前には敵の別動隊の野営地が。敵は大軍、しかも歩哨が油断なく見張りをしており、うかつに動けば見つかってしまう。敵のすぐそばを抜けなければ脱出できない、しかし見つかったら命の保証はない…進退を決めかねている王に対して、マーリンは颯爽とこんなことを言うのだ。
「敵は私の魔法で食い止めましょう。
王よ、その隙にお逃げください」
この状況になるまできみはどこで何をしていたのかねなどと王にツッコミを入れられてもおかしくないのだが、ピンチを切り抜けるには強大な力を持つこの男に頼るほかない。頼む、と王に一任されたマーリンは、かがり火に照らされた敵軍の天幕をにらみつつ、その手に持った杖に力を込める…。
さて、想像してもらいたい。ここでマーリンはどのような手を使うのか。なにしろ最強の魔術師である。昨今のゲームにも盛んに名前が引用されている彼が、まさかこの場面で魔法以外の手を使うはずがない。ここでニワトリの鳴きまねなど始めて「おとり作戦です」とかカマしてきたら幻滅もいいところである。では彼の魔法とはどのようなものか。よもやメラだのサンダーだのといった下級低級な魔法ではあるまい。まずメテオかイオナズンくらいのやつは指一本傾けるだけでぶっ放してくれるはずである。諸君も大なり小なりそんな期待をするだろう。少なくとも筆者は期待した。
読者の期待を背に受けて、マーリンは敵軍に向けて杖を高々と掲げ、なにやら呪文を呟く…すると次の瞬間!
敵軍の天幕がくるっとひっくり返った☆
敵軍びっくり大こんらーん♪
…パルプンテですか?
「さあ王よ、今のうちに逃げましょう」
おまえも逃げるんかい。
記憶が定かでないが、もう一つくらいマーリンが魔法を放つシーンを読んだように思う。しかしそれもまた、記憶に残らないくらいしょぼい魔法だったようだ。それ以来、マーリンの実力に関する筆者の疑念はずっと晴れないままなのである。
- 円卓の秘密
アーサー王といえば円卓の騎士、円卓の騎士といえばアーサー王。おそらくエクスカリバーの次くらいに知名度の高いこのワード。円卓とはつまり丸いテーブルで、このテーブルを囲んで椅子が並べられ、そこに騎士たちが座るのだが、実はこの円卓、あの魔術師マーリンのお手製なのである。そう聞いただけで悪い予感しかしないだろう?
さて、ここで一つクエスチョン。円卓の騎士とは何人いるでしょう? FFシリーズが好きな人は即座に12人と答えるだろう。あるいは王本人を含めて13人とか。さあ、他に答えはないか? 予想はできたか? ではお答えしよう。人数はそのつど変わります。
まあね、騎士ですから。戦いで死んだりするわけです。人数補充もしなくちゃいけません。国の危機ともなれば増員もするでしょう。というわけで12人のときもあれば100人以上いるときもあるという非常に融通の利く人員構成となっていたようだ。本によっては最大300人の騎士がいたなんて書かれており、円卓を囲むどころか部屋に入りきれないんじゃないのかと茶々を入れたくなる。ともかく円卓と言うからにはこれらの騎士が丸テーブルをずらりと囲むわけだが、円卓のサイズが自在に変化したという話は読んだ覚えがない。だとするともともと100人で囲んでも大丈夫なサイズの巨大な円卓だったのか。だがそれでは対面に人が座ったりしたら会話に苦労しそうだし、12人しかいないときなどスッカスカで悲しくなったのではと思われてならない。それとも人が増えたら隣と腕が密着するくらいぎゅう詰めでないと座れないサイズでがんばっていたのか。…ここは好きなように想像の翼をはばたかせておこう。
ところで円卓はマーリンお手製と書いたが、となれば無論、この円卓はただのテーブルではない。円卓の周囲にはそのときどきの騎士の人数に合わせて椅子が配置されるのだが、このとき円卓にはそこに座るべき騎士の名前が金文字で浮かび上がるという。そう、円卓の騎士に選ばれたからといって「じゃあおれ王の隣~♪」などと好き勝手に座っていいわけではないのだ。座るべき騎士が冒険のさなかに命を落とせば、円卓に刻まれた名前も忽然と消える…そんなシーンは特に読んだ覚えがないがそれくらいの魔法があっても世界観的にはおかしくない。「靴ひもが突然切れた」とか「お父さん、すごい妖気です」みたいなノリで円卓を見て騎士の安否を確認したりしていたのかもしれない。
好奇心の強い読者であれば、ここでこんな疑問を持つかもしれない。座る席が決まっている? それ無視して座ったらどうなんの? 安心してほしい。読者がそんな疑問を持つであろうと予測した誰かがぴったりなエピソードを書いてくれている。ある日、そそっかしい騎士の一人がうっかり自分用でない席に腰を下ろしてしまった。そのとたん椅子の足元がばっくりと割れ、次元のはざまのような暗黒空間が出現。騎士はあっという間に奈落へと落ちていき、騎士を飲み込んだ穴は何事もなかったかのように閉じてしまう。…なにこのホラー。しかも一同が凍りつく中、円卓の作者マーリンはやれやれと首を振ってこんなことを言うのだ。
「だから言ったであろう、自分の名の書かれた席に座れと」
マーリン…やはりおまえか。なんのために作られたのかさっぱり分からないクレイジーな機能である。そもそも「円卓の騎士に選ばれた」からにはそれなりの役回りを持つ人物だと思われるのだが、席を間違えてこの世とおさらばした彼の役回りとは何だったのだろう。まさかとは思うがマーリンの差し金で席を間違えるとこうなりますよ、という見せしめのためだけに選ばれたのでは…。恐るべしマーリン。やつに逆らってはいけない。
- 騎士の仕事
さて、諸君は騎士の仕事は何だと思われるだろうか。まっとうに考えるなら、騎士とは王に仕える戦士である。戦士であるからには敵と戦うことを生業とする。そんなところだろう。しかるにアーサー王物語の世界観ではどうか。たしか「湖の騎士」と呼ばれる優秀な騎士、ランスロットだったと思うが、彼は騎士の仕事をこのように述べている。
「騎士とは乙女を守る者。
そして冒険を求める者だ」
このセリフだけ聞くと会社勤めに疲れた大人の現実逃避みたいだが、彼らは大まじめである。その証拠にいつも馬を駆って困っている乙女はいないか探したり、冒険のネタはないかとあちこち嗅ぎまわったりしている。「このあたりに冒険のありそうな場所はないか?」などと聞いてまわる騎士たちもどうかと思うがそこは乙女たちも理解があるようで、窮地を救われた乙女は助けてくれた騎士に向かって
「今までどんな騎士も目にしたことのないような、
最高の冒険にあなたをお連れしますわ」
などとテーマパークのお姉さんのようなセリフを吐いたりするから油断ならない。
冒険、にもいろいろあるがドラゴン退治みたいなド派手なものはなくて「ちょっとふしぎ話」的なものが多い。例えば、ある日騎士たちの元に怪しい黒衣の男が現れ、「順番に首を切りあう決闘をしよう」と無茶苦茶な挑戦をしてくる。そして先に自分の首を切り落とさせ、何事もなかったかのように首を抱えて立ち上がり、「次は私の番だ。明日の晩、挑戦者の首をはねにくるぞ!」と言い残して高笑いをしながら去っていく…、とか。
また別の冒険ではセクハラ疑惑を吹っ掛けられた騎士が「責任を取れ」と言われて老婆と結婚させられ、「昼間が乙女で夜が老婆の姿の女がいいか、それとも昼が老婆で夜だけ乙女の方がいいか」などと究極の選択を迫られる…、とか。
話としては面白いんだけど、なんていうか、それ冒険なの?
余談だがアーサー王物語は中世ブリテンの物語である。当然原語は日本語ではない。日本に伝わったばかりの頃の翻訳は、特に人名などの固有名詞はさまざまな表記が混在したようで、本によっては「エクスカリバー」が「エスカリバー」だったり、「湖のランスロット」が「湖のラーンスロット」だったりと、今となってはフリーフォールの最中みたいに座りの悪い語も多い。
- 騎士ガウェインの特殊能力
円卓の騎士にして主要人物の一人にガウェインという人物がいる。彼にはある特殊能力がある。それは朝から正午までは力が3倍になるというもの。こんな珍妙な設定を付与された人物はアーサー王物語の中でも彼くらいなのだが、なんともゲーム好きな人が惹かれそうな設定である。
物語が進むと円卓の騎士の間で仲間割れが起き、ガウェインもランスロットと一騎打ちすることになるのだが、仲間内では誰もがガウェインの特殊能力について知っていただろうに、なぜか決闘は朝のうちに始まる。当然ガウェインが圧倒的に有利である。そこでランスロットはどうしたかというと正午になるまでひたすら防戦一方で耐え続けたというのだが、普通に考えたら攻撃力3倍の相手を数時間しのぎ続けるとか正気の沙汰ではない。しかも正午が過ぎるとランスロットがあっさり勝ってしまうあたり、攻撃力3倍と言うが実はガウェインの攻撃力の初期値が低いので3倍しても大したことなかったのか、あるいはランスロットが常時攻撃力2倍の能力持ちだった疑いも否定できない。
制限時間付き攻撃力3倍だの、無敵になれる鞘だの、ゲームに使ってくださいと言わんばかりの設定が目白押しのアーサー王物語。作者が何人いるのか知らないが、間違いなく彼らはゲーム好きである。もし彼らを現代に召喚してゲーム機を渡したら涙を流して喜ぶことだろう。
- 王の姉モルガン
物語も終盤に差し掛かると、アーサー王にはっきり敵対する者が現れる。それは王の姉、妖姫モルガン。話によってはマーリンその人に教わったともされる強力な魔術の使い手であり、アーサー王を殺して息子を王位につけようと、それはそれはえげつない策略を巡らせては王を危難に陥れる。
それらはすべて失敗に終わるのだが、彼女のえげつなさを語るにはこのエピソードだけで十分であろう。あるときモルガンは「これをアーサーに着てほしいのです」とマントだか、ケープだかを持ってきて王の侍女に渡す。「かしこまりました」と受け取った侍女だが、ほんの出来心なのか王に渡す前に「ちょっと自分で着てみようかしら」という気になり、ふわりと自分の肩にかける…と同時に王宮のものすっごく高い天井まで届くような火柱が上がり、侍女は一瞬のうちに焼き尽くされて灰も残さずご臨終。もちろんモルガン自慢の魔術がたっぷり振りかけられたマントだかケープだったわけだが、こんな激烈なシロモノをほいほい用意しては王の殺害を謀る姉を相手に、よくもまあアーサーは無事だったものである。
しかし、この姉の攻撃力はどう考えてもマーリンを超える。こんなまどろっこしいことなんかせずにベギラゴンかメテオでも唱えて城ごと叩き潰せば簡単にケリがついたんじゃないかと思わずにはいられない。
- 全滅エンド
思いっきりネタバレするが、物語の終盤では円卓の騎士が真っ二つに分裂して大きな戦いになる。昔の西洋の物語はラストで登場人物が全員死ぬというバッドエンドまがいの終わり方の作品が多く、読み終えて憂鬱になるのだが、アーサー王物語もこの流れを順当に汲んでおり、王も含めた騎士たちの全滅エンドという救いのない結末が待っている。
しかも全滅に至る経緯がすごい。ざっくり言えば「アーサー王軍」と「騎士モルドレッド軍」との戦いなのだが、あまりにも力が拮抗していたのかアーサーとモルドレッドという二人の大将を残して両軍の騎士が一人残らず死ぬというまずもってありえない状況になる。そして大将どうしの一騎打ちとなり、最終的に相打ちで二人とも死ぬ。当時全滅エンドが流行っていたにしてもここまで露骨にやることはあるまいに。
ちなみにこの戦いに至るまでに、例のエクスカリバーの鞘、マリオでいうところのスターは王の姉モルガンによって奪われ、湖に沈められて無力化されている。では最強魔術師マーリンはどうしていたか? 彼はとある妖精に惚れてしまい、「ほら、ぼくこんなこともできちゃうんだよ」と鼻の下を伸ばし…たかどうかは知らないが彼女に魔術を教え、その妖精の魔術によって草の囲いの中に幽閉され出られなくなるというなんともぱっとしない終わり方をしている。マーリンさえいれば、円卓を作った彼の力量でもって攻めかかってきた敵軍を全員奈落の底に突き落とし「だから言ったであろう、その線を超えるなと」くらいのセリフを吐いてくれただろうに。どうしても全滅エンドにしたい作者の意向にはさすがの魔術師も逆らえなかったということかもしれない。
・メニューへ
|