世の中につまらない映画は数あるが、この「オクトパス」ほど見ている人間をイラつかせ、しまいには笑うしかなくなるほどひどい映画を私は知らない。
主人公はCIAの人間だが、ハリウッド映画でありがちな「頭が切れる」「国家に忠実」「冷徹に任務を遂行」といった美点は一つもなく、一言で言って「ヘタレ」である。以下ではシーンごとに、よくあるハリウッド風な展開と比較してみたい。
■シーン1 凶悪テロリストが逃げるのを相棒と追う
年配の相棒が撃たれてしまい、犯人が車で逃げようとするところへ「止まれ! 止まらないと撃つ!」と銃を向けた主人公。この犯人はザコキャラではなく、映画の最後まで何度もやりあう宿命のライバル的な存在であることを最初に言っておこう。
【ハリウッド映画の場合】
「お互いに物陰を移動しながらしつこく撃ち合い、周囲の店や消防栓やタンクローリーなどに当たってド派手に壊したり爆発炎上したりするが、本人たちには一発も当たらない」
「激しい銃撃戦の末、第1ラウンドということでストーリーを盛り上げる都合上主人公が負傷」
といった小手調べ的な展開がありがちだ。主人公も敵役もそれなりにデキる、というところを見せておかないと、その後の対決に緊張感がないからだろう。
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【オクトパスの場合】
主人公はハアハアいうばかりで一発も撃てない。犯人がそのまま去っていくのを、ただ突っ立って見送るのみ。むしろほっとした表情を浮かべたのは私の気のせいではあるまい。
結局、血まみれで道端に転がっていた相棒が気力を振り絞って起き上がり、犯人の車を撃って逃走を阻止。相棒と目が合った主人公はすかさずこんな言い訳をする。
「自分は事務系だから 人を撃ったことがないんだ!」
これで興ざめしない視聴者がいたら相当の猛者であろう。
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■シーン2 縛り付けられたテロリスト、人質を取る
潜水艦で犯人を護送することになった主人公。荒くれ船長に対しては大きなことを言い、同乗した美人学者には粋がったことを言うなど口ばかり達者なところを見せてくれる。
そこへ放射能を浴びて巨大化したタコが潜水艦を沈めようと攻撃してくるのだが、タイトルにもなっているこの怪物のことは正直どうでもいい。
逮捕されたテロリストが両手両足を椅子に縛り付けられ、艦内の一室に閉じ込められていたのだが、タコ襲撃の騒ぎに乗じてまんまと見張りの船員をだまし、ナイフを首に当てて人質にしてしまう。そこへたまたま通りかかった主人公。さあ、どうする。
【ハリウッド映画の場合】
まずは男と男の緊張感のある駆け引きだ。
犯人 :「武器を捨てろ。こいつがどうなってもいいのか」
主人公:「無駄なことはよせ。どうせ逃げられやしないぞ」
犯人 :「さあどうかな? こいつの死体に聞いてみるか?」
とかなんとか1分近く言葉の応酬があるが、正義の味方の主人公は人質を死なせる危険を冒せない。犯人の言うままに武器を捨ててしまい、結局すったもんだのすえ犯人を逃してしまう。「なんでそこで武器を捨てるんだよ」と見ている我々は多少いらいらさせられるが、オクトパスではそんなものでは済まない。
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【オクトパスの場合】
駆け引きは一瞬で終わる。
犯人 :「おれの縄を切れ。こいつがどうなってもいいのか」
主人公:「誰も傷つく必要はない」
会話開始から犯人の縄を切るまで10秒もかからないという迅速な仕事ぶり。しかも自由になった犯人は人質を殺し、主人公は殺さずに殴りつけただけで立ち去ってしまうのだ。たしかにこんなヘタレ主人公は生かしておいても何の害もないだろう。
ちなみにその後、犯人を逃がしたことを船長に責められた主人公は、美人学者や他の船員たちも見ている前で逆切れ気味に2度目の言い訳。
「仕方ないだろ、ぼくは事務系なんだから! こんな任務はもともと向いてないんだ!」
これを聞いてイライラ感が限界に達しない人は、心がアリゾナ砂漠より広い人だと思って差し支えない。
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■シーン3 迫りくるタコ
タコに襲われてどうにか潜水艦から脱出し、近くにいた船に逃げ込む主人公・船長・美人学者と、船長のおかげで再度捕まった犯人。ところがこの船もタコに襲われ、主人公と美人学者にどでかいタコ足が襲い掛かる。それに銃を向ける主人公。
【ハリウッド映画の場合】
当然撃つ。迷わず撃つ。撃って撃って撃ちまくる。このシーンで他になにをしろというのか。
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【オクトパスの場合】
撃てない。ここでも撃てない。化け物に現在進行形で襲われていて何をためらうことがあるのか。しまいには「なんで撃たないのよ。よこしなさいっ」というもっともな台詞とともに、美人学者に銃を横取りされてしまうのである。美人学者が撃ちまくるのを口を開けて見守る主人公。もはや何のために存在しているのかわからない。
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■シーン4 テロリスト、ヘリコプターで逃走
助けに来たテロリスト仲間のヘリコプターで逃げようとする犯人。暴風雨の中、ヘリから下がったロープを苦労してよじのぼっていく犯人に、銃を向けたままやっぱり撃てない主人公。人質を取られているわけでもなければ、弾が一発しかなくて慎重になっているわけでもない。「早く撃っちゃいなさいよ。逃げられちゃう」と横から美人学者に急かされても、やっぱり「ぼくには撃てない」とイヤイヤをするばかり。
【ハリウッド映画の場合】
ここでハリウッド映画なら…いやそもそもこのような展開になるわけがない。
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【オクトパスの場合】
主人公が何もできずに見守る中、犯人はヘリコプターまで上りきってしまう。あとは逃げるだけとなって余裕で笑う犯人を、なんとタコが足を宙に伸ばし、背中から突き刺してむごたらしく殺してしまうのである。それを見たとたんに主人公が笑って飛び跳ね、この一言。
「ざまあみろ!」
おまえが何をした。
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