12002年1月16日 (日刊)
勇者軍 不可解な撤退
朝には一人残らず 魔界省庁もあ然 魔界中枢まで侵攻していた「勇者軍」を名乗る人間たちのグループが十五日夜になって突然撤退を始めた。深夜になると人間を目撃したという報告も一切なくなり、各地に派遣した軍や警察からも人間たちがいなくなったとの報告が相次いだことから、魔界防衛庁は十六日十時をもって、勇者軍が完全に撤退したとの公式見解を発表する方針を固めた。(関連記事28面) 十五日には勇者軍は一万人ほどの規模に達し、魔界各地で人家を襲い、あたり構わず地面を掘り返し、軍や警察を相手に攻撃を繰り返していたが、夜になると状況は一変、潮が引くように人間界に撤退を始めた。 デボン村の竜の一人、ドラゴニア・テンペストさん(5228)は人間たちが撤退を始めるきっかけらしいものを見たという。「『新作が出たぞ!』という大きな声が聞こえたんです。そのとたん、人間たちの動きがぴたりと止まり、次の瞬間にはあれほど執拗な攻撃を続けていた人間たちがあっさり引き上げて行ったんです」。テンペストさんはプラチナ・ドラゴン族に名高い白銀の角を複数の人間たちに抜かれかけていたが、この急な撤退のおかげで間一髪で助かったという。「(抜けても)すぐ生えてきますけどね」と笑うが、その目は怒りの色を隠せていない。 歴史学者のカーマイン・ヘルメスさん(299)は、勇者軍撤退の直前まで第九区市民会館で防戦に加わっていた。「(撤退していく人間たちの間から)『早く並ばなきゃ』という声を聞いた。聞き違いでなければ、『おれは三日前から並んだこともある』という自慢げな声もあった。人間界で何か重要なことが始まるのでは」。ヘルメスさんは人間界の文化にも詳しいが、ここ数百年の人間界の変化は学者の調査も追いつかないほどで、わからないことが多いという。ヘルメスさんは今回の撤退を宗教的な儀式によるものではないかとみている。 一方、各地からの相次ぐ人間撤退の報に魔界各省庁の重鎮たちもあ然としている。国防長官ワイ・バーン氏は「国防魔軍の圧倒的な力に恐れをなしたのだろう」と口ごもりながらコメント。大事をとってファントム総合病院に入院中の魔王デルモン一世は「脅威は去った」と楽観的な見方を口にしつつも、人間たちの再襲撃への警戒を怠らないよう注意をよびかけている。 また魔界外務省は特使として人間界に派遣されているアスラ事務次官からの連絡を待っているが、ここ数日の戦闘による混乱でいまだ連絡を取れない状況。特使の安否が気遣われている。
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