大貴族2



 

高台「大貴族」でカツ丼を食った。

最近、俺はだいぶ疲れているようだ。ど忘れもひどい。タラちゃんの苗字がフグタだったかイソノだったかも思い出せない。
スタミナ補給が必要だ……と「食うものリスト」を眺めていて目に留まったのが、大貴族のカツ丼だった。

外は猛暑。愛車MAMAーCHARIのペダルが重い。
高台そらよの向かいに、その店はあった。

カツ丼1050円を注文して待つことしばし。店の男が持ってきた丼に、俺は目を剥いた。
でかい。そしてカツが。カツの海が。
思わずメニュー表を見直す。暑さにやられて2人前注文したか?

とんでもないボリューム。なんと豪気な。

ではさっそく……と食べようとして手が止まる。あれ、スプーンとかないの?
卓上には箸入れ。以上。
再びカツ丼を見る。見れば分かる。これ、おつゆたっぷり系のやつだ。しかもこの量を箸で……いけるものなのか?
いや、そうか、これは店の親父からの挑戦に違いない。親父はこう言っているのだ。どんな量のカツ丼でも箸で食え。食い切って見せろ。
ならば受けるしかない。俺は猛然と箸を掴んだ。その箸を丼に突き立てたまさにその時、とんでもないタイミングで店の男が戻ってきて、丼の逆サイドにレンゲを差し、にやりと笑って去った。
俺は箸を握ったまま硬直した。もはやこの箸、使い道がない。

気を取り直してレンゲで一口。とたんに、たった今起きた寸劇のことなど頭から吹き飛んだ。
ああ……うまい……。
つゆだくのカツ丼を口に入れて、その柔らかな肉をそっと噛みしめた時のことを想像してみてほしい。そう、それ。もうそのまんま。理想に描いたまんまの味と食感だ。
一口食べては、うまい、うまいと心の中で連呼する。エアコンの効いた店でかきこむ、じゅわっと甘いつゆが溢れるカツ丼。至福。まさに至福。

ここ最近、うまい店はあったが量が足りなくて、もうないの? もっとよこせ、と欲望が荒れ狂うことが多かったが、このカツ丼は違った。
俺は満足してレンゲを置き……ってあれ? まだ半分残ってますけど? まじでこれ二人分ない?
いや、待て。今日俺は何をしにきたのだ。ここに求めていたスタミナがあるじゃないか。スタミナが半分も丼に残っているじゃないか。

俺は食った。猛然と食った。一気呵成に食い切った。
そして背もたれにもたれ、一息ついた……途端に目に飛び込んできたのは、メニュー表の端の文字。

「※大盛りは150円増し」

……このカツ丼を大盛りにしたら、どうなってしまうんだ? こぼれるのか? バケツで来るのか?

高台の町中華、大貴族。
人はまだ、その奥深き全貌を知らない。


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