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こちらで紹介されていた、日村の「大小軒」で中華麺を食った。 5歳の娘ー将来「津田島のクロアゲハ」の異名を取る女ーとのジェネレーションギャップを埋めるべく、俺の世代の代表的歌曲を聞かせ、 「♪今日人類が初めてぇ〜 木星に着いたよぉ〜」 「♪ついたーー!!」 と共に盛り上がった……が翌朝、同じ歌を歌ってみせたら娘はまったく覚えていなかった。 相互理解も一夜の夢か。こんな時はラーメンをすするに限る。俺は寒風吹きすさぶなか愛車MAMAーCHARIを駆って日村へと向かった。 グーグルマップを手に該当ブロックを2周。しかし、なぜか店が見つからない。 地図を見ると、ブロックの中心に店のマークがある。しかしブロックのどの面から見ても、店の入り口が存在しないのだ。 はたと立ち止まる。ブロック北側の、特に雑然とした区画。戦後のバラックを思わせるエリアの奥、かすかに揺らめく時空の彼方に人が並んでいるのが見える。 これは……タイムトンネルか。久々に見た。まさか日村駅前、繁華街のど真ん中にこのようなロストテクノロジーの遺物が堂々と置き去りにされていようとは。 どの時代に飛ばされるのか分からない。しかしラーメンは食わねばならない。 俺は意を決してトンネルを潜った。 そこは廃墟じみた空間。漂う戦後初期の香り。 数人の男たちが古びたジャケットのポケットに手を突っ込み、所在なく列に並んでいる。 ここか。バラック様の店を窓越しに覗き込む。狭い。カウンターで無言でラーメンをむさぼる男たち。テーブルはない。そう、テーブル席などないのだ。勝つまでは欲しがってもいけない贅沢の産物。それでこそ昭和だ。 男たちは無言で食い、無言で去り、そして新たな男が店に入る。食うという時間に特化した場所。 よく見ると窓の手前、つまり店の外側にも男が座って食っている。こんなところにも席が。順番待ち用の椅子ではなかったのか。というか寒くないのか? 店内に通される。相変わらず会話はひとかけらも聞こえない。ボイラーの音に混じってときおり女の声が響くのみ…… ん、女? そう、くすんだ茶のジャケットばかりが揃って丼に顔をうずめる中、何かの間違いのように店の女が一人で笑顔を振り撒いている。それは例えるなら、どぶに咲いた一輪のひなげし。ヘドロに浮いたぺんぺん草。酢豚の上のパイナップル。 店の女の明るい声とともにラーメンが目の前に置かれる。一口食べて沸き起こるノスタルジー。どこかで食べたような味? そうかもしれない。しかし昭和の時代には溢れかえっていたこの味も、令和の世では希少品だ。ああ、そうだ、そうだ。しょうゆラーメンといえばこの味ではなかったか? 俺たちはいつからこの味を忘れていた? 心の中で涙が止まらない。そうか、ここにいる男たちは無愛想なのではない。丼に顔を伏せ、涙をこらえているのだ。男児たるもの、人に涙を見せてはならぬ。ああ、昭和の男たちよ、ああ。 うまかった。ここいらのしょうゆラーメンでは一番ではなかろうか。令和の世に敢然と立ち向かう、時代を生き抜いた力強い一杯。 また来るさ、大小軒。 俺は無言で店に別れを告げ、再びタイムトンネルをくぐった。平成の空を見上げて目を細める…… え、平成? 俺はトンネルを逆戻りした。また来たよ、大小軒。 これがタイムトンネルの恐ろしさだ。いつの時代に出るのかわからない。 次は令和の世に帰れるだろうか。うっかりデボン紀あたりに出てしまわないだろうか。 そう。いつだって人は、帰りたい、だが帰れない、そんな葛藤を抱えて生きているのだ。 ・メニューへ |