真津田バーガー



     

今日の昼は津田島の「真津田バーガー」に行ってみた。

今日も津田島に吹く風は強い。
川を渡ってくる烈風を避けるように、俺は店へと続く通路に滑り込んだ。そこはまるで洞窟だ。奥にかすかに見えるバーガーのネオン。バーガーを注文しなければ出てこれない…そんな不吉な思いが頭をよぎる。

通路側に空いた窓から注文し、イートインなら注文後に店内に入る仕組みだ。
壁に貼られたメニューを眺めていると、店の女が「今日はもうベーコンを切らしてまして」と済まなそうに言う。
俺は今日、牛を食いに来た。豚野郎に興味はない。
メニューにさっと目を走らせる。セットは…ない。「シンツダスタンダードと、チキンナゲット、あとコーラを」
「コーラは2種類ありますが」
今までの人生において、何度耳にした質問だろう。コカコーラかペプシか。正直どっちでもいい。
しかし続く質問は意表を突いてきた。
「コカコーラか、クラフトか」
「クラフト!?」
思わず聞き返す。メニューを振り返る。クラフトコーラ…確かにある。クラフトと言えばビールかペーパー、あとは親友のクラフト以外に知らない。やつは息災だろうか。もう長いこと会っていない。クラフト…またの名を大倉太(ふとし)。
クラフトコーラを。俺はそう注文する。この現実を前にして、他に選択肢などない。

狭い店内の奥の席に腰を下ろす。ぽつりぽつりと客が来る。ハッピーカラーのシャツを着た若い女が隣のテーブルに。昭和のモーレツサラリーマン展の見本から抜け出してきたかのようなスーツの男はカウンターに。店の女はそのたび「ベーコンを切らしてまして」と律儀に繰り返す。そして客はなぜか全員スタンダードを注文する。暗い厨房でバーガーを焼くマスターの丸眼鏡が、そのたび鈍く光った。

まずはコーラが来る。一口飲む。軽い。俺が知っているコーラとは違う。コーラとはこんなにも真っ当な飲み物だったのか、と小さな驚きがある。
一緒にテーブルに置かれた紙ナプキンが風にはためく。風の強い街、津田島。その風をさらに煽るように店内に設置された扇風機。屋内にいれば安全だ…そんな俺の油断をあざ笑うかのような強風が、俺に縦横から吹き付ける。

続いてナゲットだ。チキンナゲットと言えば、あの国際的バーガーチェーン、アクドナルドの物しか食ったことがない。そう、米などろくに食わないくせに米の国を詐称する、あの大国の尖兵だ。
これまたこちらのナゲットはあれに比べて、しごく真っ当な食い物に見える。大ぶりで柔らかく、衣がふんわりしている。旨い。コーラに続いてナゲットでも走る衝撃。今まで俺は何を食わされてきたのだろうか、と激しい動揺が身内を走る。思い出すのはアクドナルドに取り憑かれていた、若かりし日々。新作バーガーが出るたび、すべて食った…強敵(とも)とのマックシェイク3種一気飲み対決…闇夜に光る巨大な黄色いMの文字…

目の前にプレートが置かれ、俺は我に返る。荒くなっていた息を整え、自分に言い聞かせる。落ち着け、あの日々はとっくに終わったのだ。アクドナルドのハンバーガーにベルゼブルが混入していたと騒がれた、あの頃に…。

改めてプレートを見る。載っているのはバーガー、そしてフライドポテト。単品かと思いきやポテト付きだったのか。
「紙バッグはお使いになりますか?」
店の女の問いに、俺は反射的に首を振る。紙バッグがなければバーガーも食えない、そんな軟弱な男だとは思われたくない。自分に。そして、隣のテーブルのハッピーカラーの女に。
バーガーは高級路線系ではお馴染みの形だ。高く積み重ねられた具とバンズが、銀の串で貫かれている。串を外し、思い切って上下から押しつぶし、齧り付く。あふれる肉汁。レタスの歯応え。トマトの甘味。旨い。これほどのバーガーを津田島で食えるとは。指が肉汁まみれになるが構わず食い続ける。肉を食う実感。これが米の国の本気か。
合間にコーラが欲しくなる。グラスに手を伸ばしかけ、油まみれの指を見てためらう。そこへ隣のテーブルにバーガーが運ばれてくる。
「紙バッグはお使いになりますか?」
「はい!」
ハッピーカラーの女はなんのためらいもなく紙バッグを受け取るとバーガーを放り込み、手を汚さずに食い始める。その素直さをいつまでも忘れるなよ、女。紙おしぼりを肉汁まみれにしながら、俺は心の中で呟く。いまさら紙バッグを取りに行く道は、俺には残されていない。

店を去り際、老婆が来店した。ベーコンを切らしてまして、ともはやお馴染みのセリフ。すると老婆が言った。
「えっ、じゃあ今月のアレはないんですか?」
ないんです、と女が言う。
ないんです、とマスターも言う。
示し合わせたように薄笑いを浮かべる三者。
すると老婆は、じゃあ帰ります、と何も注文せずに去った。

なんだ? 今のやりとりはなんだ? この店のベーコンに何かあるのか? 豚野郎呼ばわりした俺への当て付けか?

慌てて店を出る。通路には誰もいない。バーガーを注文しなかった老婆は、やはり消されていた。

真津田バーガー…真津田島駅ができる前からこの名を名乗っていただけのことはある。
この店には、まだ何かある。

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