麦のポルコ



 

今日は元国吉「麦のポルコ」でパスタを食ってきた。

今朝目が覚めると、口内炎が2つに増えていた。
俺の憂鬱を嘲笑うかのように、外は爽やかな秋晴れだ。
こんな日はパスタを食うしかない。俺は愛車MAMAーCHARIを駆り、日村の坂を越えた。

人を魅惑してやまない街、元国吉。
その駅の近く、なかば地下に埋もれるようにして、その店はあった。

まばゆい光源に彩られた店内には、空虚な気だるさがあった。店員は3人。しかし客が一人もいない…理由はすぐに知れた。俺が開店とほぼ同時に入ったからだ。

卓の横の溝に収められたタブレットを手に取り、メニューをスライドしていく。粉チーズが山と積まれた写真を見て手を止める。「富士山盛りチーズのボロネーゼ」か。俺は苦笑する。インスタ映えに興味はない。だがたまには、店の思惑に乗ってみるのも悪くない。チーズが盛大に口内炎に絡みついてきそうだが、それくらいの試練は今まで幾度となく超えてきた。

メインを選ぶと、セットにするかどうか聞いてきた。今の俺の口に、セットまで食う余裕はない。セットなし、を選ぶと、今度はオプションをつけるか聞いてくる。ところがオプションなしの選択肢がない。動揺を必死に押し殺す。やがて注文決定のボタンを見つけ、押す。束の間の平穏。

店員が水を置きにくる。見るとアイドル事務所にでも所属していそうな優男だ。気づけば他の二人も若い美男子ときている。売り出し中のグループがバイトでもしているのだろうか。
「カトラリーはテーブルの引き出しに入っていますので」男が俺の目をまっすぐ見て甘い声で言う。引き出しを開けると、フォークにスプーン、紙ナプキンまで入っている。ありそうでないシステムだ。

店内に静かに流れるポップな曲。そのメロディの欠片が記憶を呼び覚ます。俺が初めて作った曲、ちくわのララバイ。俺はそれを、とある女に贈った。
なんか下品。そう女は評し、間もなく俺の元を去った。
音楽に下品も何もあるのだろうか。俺にはいまだに分からない。あの女には音への感受性がありすぎたのだろうか。

ちくわを咥えておやすみよ…小声で口ずさんでいるとパスタが来た。写真に偽りのない山盛りのチーズ。思いのほか汁気が多く、麺が太い。
税抜880円。価格的に、味には期待していなかった。しかし一口食って思わず目を見開いた。旨い。価格に見合わない旨さだ。ボロネーゼらしからぬスープがチーズと混ざり合い、濃厚なうまみとなって押し寄せる。
チーズが口内炎にひりつく。しかし妙な感覚だ。事によると口内炎まで味に酔っているのか。今まで感じたことのない、口内炎との一体感。

気づけばとっくにパスタを食い終え、俺はスプーンにへばりついたチーズを前歯でこそぎ落としていた。

男女の客が来店。首から揃いのカードケースを下げている。ほぼ同時に着席し、同時にこころもち俺の方にカードをちらつかせる。カウンター内のアイドル陣にこころなしか緊張が走る。なるほど業界人か。このあとカメラでも乱入してきたら事が面倒になる。職業柄、俺は顔を撮られるわけにはいかない。すでに飯を食い終わっているし、ここらが潮時だろう。
支払いのためカウンターに行くと、小銭用の皿の横で骸骨がブリッジをしている。小さいが恐ろしく場違いな置物。困惑に顔を上げると、例の美男子がまたこちらを熱っぽい目で見つめている。
そうか。俺は納得する。海を越えて侵略してきた異民族の儀式、ハロウィン。その得体のしれない魔力が、こんなところにまで浸透しているのか。

思い出と魔界を背に、俺は再び愛車MAMAーCHARIにまたがった。
今日はまだ、やることが残っている。
俺は再び日村の街に向けてペダルを漕ぎ出した。

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