暖気家



 
 

日村の『暖気家』で昼飯を食った。

日曜は丸一日、女と戯れていた。4年の付き合いだが、女の底なしの体力にはいつも圧倒される。
俺は疲労の濃い体を抱えて家を出た。こういう時は、家系だ。

栄華と退廃の街、日村。すべての道が集まる駅の背後には、街を陰で牛耳っていると噂される学園の威容がそびえ立つ。その権威がいや増す時、学園前の並木さえ金色に輝きだすという。

駅の程近くに暖気家はあった。入口に堂々と大書された「ライス無料食べ放題」の文字。空腹の身にはこれだけでありがたい。
注文はラーメン並。初めての店では基本を頼むのが俺の流儀だ。
カウンターにつき、店の女に食券を渡す。「ライスはいかがしますか」の声を待ったが、何も言わずに奥に去った。俺は首を傾げたが、卓上の文字に気づいて目を剥いた。
「お冷とライスはセルフサービスです」
ライスのセルフサービスなど聞いたことがない。見れば確かに券売機の横に、柔道部の合宿用かというサイズの飯釜が置かれていた。まだ米が高いご時世に、なんとも豪気な話だ。

茶碗を手に席に戻り、店の勧めに従って、卓上のにんにくと生姜、マヨネーズをのせる。のせる、か。俺は我が慎ましさに苦笑する。遠い昔の学生時代、腹は減り、金はなく、牛丼屋で卓上容器の紅生姜をひたすら頬張ったあの日のことが、今や他人事のようだ。容器の底の紅生姜が固く苦いこと、お代わりを頼むとすぐ山盛りで出てくることを、俺はあの時学んだ。

飯を味わって食いながら、俺は女のことを考える。LISA。日中公然と俺の股ぐらに顔を押し付け、次の瞬間には蹴り上げてくる、奔放な女。常識に囚われない4歳児。この歳でこの調子では、この先どうなるのか見当もつかない。いつかあの女にも、空腹に耐えかねて牛丼屋の紅生姜を抱えて食う日が来るのだろうか。

大工の棟梁のような面構えの店の親父が、カウンター越しに丼を差し出してきた。食欲をそそる匂い。早速一口食ってみる。うまい。オーソドックスな家系。派手さはないが、だからこそスルスルと食える。
そしてどう考えてもライスが合う。俺は躊躇いなくライスをお代わりした。そしてまた、にんにく、生姜、マヨネーズを盛った。この組み合わせは罪だ。無限に食えそうな気がする。

豪気な店は、それだけで敬意に値する。
俺は金色に燃える並木と追憶を背に、街を後にした。

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