街の狩人考

 シティ・ハンター、というマンガをご存知だろうか。冴羽リョウ(漢字が出ないのでカタカナ)という名の裏世界ナンバー1のスイーパー(悪者を掃除する人?)が、街の悪いやつをばったばったとやっつけていくマンガである。「やつはプロだ」「プロの仕業ね」「どうみてもプロだ」と登場人物のセリフにやたらとプロを強調するものが多いのが、気になるといえば気になるマンガでもある。

 さて、主人公の冴羽氏についてである。彼は銃の腕はもちろん、その脅威の運動神経をみてもやはり一流の人物なのであるが、その超人的な行為の中でもひときわ目立つのが「弾丸避け」である。ハリウッド映画にありがちな「敵役がいくら撃っても当たらない」「敵が下手なのか弾が主人公を避けるのか」といったうさんくさいものではなく、冴羽氏は本当に弾を避けるのである。

 中でも忘れられないシーンがある。敵の黒幕であるヤクザの親玉を冴羽氏が追い詰めるシーン。
 手下どもをあっさりやっつけた冴羽氏のあまりの強さを見て腰を抜かし、尻もちをついて震えながらもさすがは親玉、ゆっくり歩いて近づいてくる冴羽氏に向かってピストルを発砲する。しかしまっすぐ冴羽氏の顔面めがけて飛んできた弾丸を、なんと冴羽氏は余裕の笑みを浮かべつつ首だけ曲げてかわすのである。そうして撃たれてはかわし、撃たれてはかわして結局全弾避けきり、親玉のまん前にやってきておもむろに親玉の額に銃を向け、キザな決めゼリフを吐いたりするのだ。

 このかっこいいシーンに水を差すつもりはないが、ここで冴羽氏の「弾丸避け」がいかに人間離れしているかを明らかにしてみたい。

 やくざの親玉が最初にピストルを撃ったとき、冴羽氏との距離は約10メートルというところだった。冴羽氏はさらに親玉に歩み寄り、その間何発も撃たれたわけだから、もっとも近いときだと5メートルも離れていない至近距離から撃たれ、かつそれを首を曲げるだけでかわしたということになる。加えて、冴羽氏が首を曲げるのはいつも弾が発射された後であった。本人曰く、銃口を見て弾道を予想したとのことだが、そうだとしても発射後に首を曲げたのでは避けられるはずがない。それをやってのけるということは当然冴羽氏が首を曲げる速さは相当のものであり、首にかかる負担は想像を絶するであろうと予想される。

 では実際にどれほど無茶な行為なのかを数値で確かめてみよう。
 まず、計算に必要な各項目を以下のように仮定する。

・冴羽氏の顔の幅の半分の長さ:0.15m(私とほぼ同じとした)
・冴羽氏の頭の重さ:10kg(体重80kg、頭の重さを体重の約13%とした)
・弾丸の速度:秒速500m=500m/s(時速1800km)
・やくざの親玉と冴羽氏との距離:とりあえず5m
・冴羽氏は弾の発射と同時に首を曲げ始めたとする

 これらの仮定に基づいて計算すると、驚くべきことがわかる。

弾の発射から弾が冴羽氏に届くまでの時間:
    5[m] / 500[m/s] = 0.01[s]
∴冴羽氏の首を曲げる速さ:
    0.15[m] / 0.01[s] = 15[m/s]=54[km/h]

 …なんと冴羽氏は首を時速50km以上で動かしていたのだ。しかもこれは平均時速であって、実際には冴羽氏は静止状態から首を動かし、弾をぎりぎり避けきるところで首を静止させたわけだから、速度は一定ではなかろう。一定だとしたら初速度を与えた時点で首が外れかねない。そこで速度は一定ではないとして単純計算すると、最も速い時はこの2倍、つまり時速108kmで首を動かしていることになるのだ。これが自動車ならそろそろチッコンチッコンと警告のブザーが鳴りだす頃合いである。これだけでも冴羽氏のすごさはよく分かるが、さらにこの最高時速時において冴羽氏の頭が持つ運動エネルギーを計算してみると、

冴羽氏の頭が持つ運動エネルギー(^2は2乗を表す):
    10[kg] x 108[km/h]^2 / 2 = 58320

 これは重さ200kgの中型バイクが時速25kmで突っ込んできたエネルギー量に相当する。たいしたことがないように見えるかもしれないが、時速25kmもあれば十分人を轢ける。もっとわかりやすく言うと、このエネルギー量は重さ5kgの鉄アレイを時速150kmで振り下ろすのとほぼ同等である。こんなエネルギー量の頭突きを食らったらサスペンスドラマの殺人シーンなどおままごとに見えるくらい残虐なシーンが展開されるのは確実である。裏を返せば同じだけの負担が冴羽氏の首にかかっていたことになるのだが、平然として微笑みさえ浮かべていたということは冴羽氏の首の筋肉は象の足並みに丈夫なのだろう。ことによると避け損なって弾が首に当たっても無事だったかもしれない

 …こうして、冴羽氏の「弾丸避け」がいかに人間離れしているかが明らかになった。というより冴羽氏は人間ではなかった


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