リルル考

 ドラえもん、を知らない方は滅多にいないだろうが、初期の映画版ドラえもんに「ドラえもん のび太の鉄人兵団」という作品があるのをご存知だろうか。巨大ロボットを欲しがるのび太、そこへ空から降ってくる謎の巨大部品、そして謎の少女リルルの登場……と謎が謎を呼ぶストーリーで、クライマックスでは涙した方も多いことだろう。

 さて、今回はその謎の少女リルルの、ラストシーンでの行動について考察してみたい。ただしここで考察するのはリメイク版ではなく初代である。悲しいことに、考察心をくすぐってくれるとある名シーンが、初代にしか存在しないのだ。ネタバレがあるので以下を読むときは注意すること。

 問題のラストシーンとは、クライマックスシーンの後にやってくる。リルルの「今度生まれ変わったら……天使のようなロボットに……」という名台詞の直後、しずかちゃんの「リルルーーー!!」という号泣と共にリルルが消滅し、ついでに鉄人兵団も跡形もなく消え去って世界に平和が戻るのがクライマックスシーン。ラストシーンとはその後の、エンドロールに向かう場面を指す。
 ラストシーンの内容は以下のとおり。学校の教室で一人居残りをさせられているのび太が、窓の外に浮遊しているリルルを見かけるのだが、その瞬間、リルルは手を振るのみで何も言わずに大空へ飛んでいってしまう。のび太は窓際に駆け寄るが、そのときにはリルルは雲の上。そのままエンドロールに突入し、その後の展開は一枚絵の連続のみで語られるのだが、それを見る限りでは、リルルはのび太以外のメインキャラたちには一切顔を見せず、そのままどこかへ去ってしまったようなのだ。のび太以外のメンバーは「なんでお前だけ」とのび太をなじる様子を見せつつも、最後は笑顔を見せる。リルルは天使になったんだ、めでたしめでたし……ということなのだろう。

 が、ここには無視できない疑問がある。リルルはなぜ、のび太にのみ挨拶をしていったのか。
 のび太は主人公である。それは間違いない。しかし「鉄人兵団」でリルルとの関わりがもっとも深いのは、じつはしずかちゃんなのだ。以下、のび太としずかちゃんのリルルとの関わりをまとめてみたい。なおのび太としずかちゃん以外はたいした接点がないので今回は考慮しない。

[のび太とリルルの関わり]
出会い リルルが何の脈絡もなく、居残り中ののび太が一人ぼんやりしている教室をのぞきにくる。
のび太家への招待 のび太が「家より大きいロボットを持っている」情報を空き地の会話から盗み聞きしたリルルがのび太に接触。のび太は外国人風の女の子に声をかけられたことで浮かれてしまい、その見知らぬ外国人を何の疑いもなく家に通す。さらには「巨大ロボットについて他言しない」というドラえもんとしずかちゃんとの誓いをあっさりぶち破り、巨大ロボットと、その置き場所である鏡の世界へ通じる秘密道具「お座敷釣堀」をリルルに手渡した上、そのことを他言無用と逆に誓わされる。
爆発 リルルとの誓いもなんとなく破って、ロボットたちの様子を見に鏡の世界に向かったのび太とドラえもん。そこで鉄人たちの地球侵略の意図を知ったのび太は、リルルから自分の側につくように誘われるが拒絶。鏡の世界から脱出しようとするのび太たちは巨大ロボットに追われるが、その過程でお座敷釣堀が負荷に耐え切れず爆発。このときの爆発でリルルはロボットの下敷きになりしばらく気絶。
スパイ容疑 のび太たち一行がしずかちゃんの部屋にてリルルを前に、リルルが敵のスパイかどうかで激論を交わす。のび太としずかちゃんだけがリルルの味方にまわる。
気絶 鉄人たちとの交戦中、のび太はリルルにスタンガンのようなもので撃たれて気絶。以降ラストシーンまでリルルとの接触は一切なし


[しずかちゃんとリルルの関わり]
出会い ロボットの爆発で下敷きになっていたリルルを、しずかちゃんが偶然発見。普通の怪我人だと思い助け出そうとしたしずかちゃんに対し、突如目を覚ましたリルルは、さながら幽霊が「み~た~な~ぁ」と襲い掛かるごときノリでしずかちゃんの足をむんずとつかむが、すぐ力尽きてまた気絶。しずかちゃんはこのときリルルがロボットであることに気づくのだが、「怪我人を放ってはおけない」と自分の家にリルルを運び込む。
介抱 ドラえもんの道具を借りて、しずかちゃんは一晩がかりでリルルを介抱。途中、リルルに反発され喧嘩になるが、人類愛的見地から結局見捨てずに看病を続ける。リルルはしずかちゃんの言動を通じて地球人に対する認識を改めていく。
スパイ容疑 のび太の項と同じで、リルルの味方にまわる。この後、自分を閉じ込めて欲しいというリルルの要望を聞いて、スモールライトで小さくしたリルルを鳥かごに閉じ込めるしずかちゃん。そういえば鳥かごは最初から空だったが中身はどうしたのだろう
思いつき しずかちゃんの思いつきにより、鳥かごから出したリルルと二人で(オマケがもう一人いたが端役なので無視)タイムマシンに乗りこみ、はるか昔の、地球からかなり遠い星まで二人でドライブ。タイムマシンに時間だけでなく空間移動の能力まであるとは知らなかった。ことによるとドラえもんさえ知らないのではないかという疑問もあるが今回は脇においておこう。
問題解決 鉄人兵団の起源に遡り、ロボットたちの思考回路を作り変えてしまうという抜本的解決を目指すしずかちゃんとリルル。この方法により後代のロボットであるリルルも消滅してしまうことに、本人もしずかちゃんもこのとき気づくのだが、人類愛的見地から二人は計画を続行する。
クライマックス 作り変えを終えたリルルは「今度生まれ変わったら……天使のようなロボットに……」の名言を残し、しずかちゃんと握手する寸前で消滅。しずかちゃんは「リルルーーー!! うわーーん!!」という叫びと共に号泣。なおこの間、現代の地球の鏡の世界で命を張って鉄人兵団と戦っていたのび太たちだが、しずかちゃんたちのおかげで戦闘そのものがうやむやに終わる

 以上が詳細だが、要約すると次のようになる。
  • のび太:リルルに友達ヅラをされたあげく利用され、弁護してやったのに出し抜かれ、それ以降行動を共にすらしていない。
  • しずかちゃん:反発するリルルを人間愛で保護し、喧嘩しながらも手当てをやめず、心の触れ合いを深め、そして感動のラストまで二人きりで行動を共にし、消える間際のリルルを見送る。
 どう考えてもリルルはのび太より、しずかちゃんとずっと深い交流を持っているではないか。しかるに最後のシーンではリルルはのび太にだけこっそり会いに来ただけで、しずかちゃんになど目もくれない。首尾よく復活したならしたで、ここは何をおいても真っ先にしずかちゃんを訪ねるべきだろう。いくらロボットでも高性能なんだから、礼儀くらいは心得ていそうなものだ。
 この問題について数日間の熟考を重ねた結果、以下の解答が導き出された。

  1. 主人公におべっかを使った説
    過程がどうあれ、物語の主人公はのび太である。だからのび太に挨拶をするのが芸能界的しきたりというものだ。おそらく他はスケジュールの関係で手が回らなかったのだろう。

  2. 映画監督におべっかを使った説
    今回、リルルの役回りは敵に味方にと、うろちょろせざるを得ないものだった。これでは役としての心証は悪いが、女優としては腕の見せ所でもある。ラストでしずかちゃんに会いにいけば「いい人」で終わるだけだが、のび太にだけ会いに行くことで、これからも機会があったらあんたを利用するのよオホホホという腹黒い一面を垣間見せることができるではないか。もしかしたら最後のシーンはリルルが監督に頼み込んであの形にしてもらった可能性もある

  3. 観客におべっかを使った説
    昨今、映画版ドラえもんのリメイクが徐々に行われてきている。あるいはドラマ映画の影響を受けて、スピンオフ作品すら制作されることがあるかもしれない。リルルはその先見の明を持って、観客の印象に残る形でラストシーンを締めたのではないか。あの終わり方なら、ある人は利用される一方だったのび太への償いと受け取ったかもしれないし、またある人は私のようにクライマックスより印象に残ったラストシーンとして記憶に留めるかもしれない。要は観客の記憶に残れば勝ちなのだ。「リメイクするときはリルルをもっと活躍させてあげてください!」「リルル主人公の映画をぜひ作ってください!」などというファンレターが来ようものなら、リルルは作戦勝ちにほくそ笑むことだろう

 …いずれにしても、リルルの戦略は見事に功を奏したと言える。リルルは天使のようなロボットに生まれ変わったのではない。もともと人間らしい人間だったのだ


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