『Forget me not ~パレット~』考察


 本稿では当サイトには珍しく、市販ゲームに関して真面目に考察してみる。

 対象は大昔にフリーゲームコンテストで大賞を取った『パレット』。その後プレイステーション1向けに『Forget me not ~パレット~』というタイトルで製品化されている。本稿では以下パレットと略称する。

 このゲームは精神科医シアノス・B・シアンが、記憶喪失の少女との電話を通じて彼女の記憶を取り戻すという内容。少女は自らを「B.D.」と名乗り、「憶えているのは赤い色だけ」と繰り返している。B.D.が断片的に思い出していく記憶から、彼女の身に何が起きたのかを推測していくのだが、出来事が複雑に絡み合っていて全貌がなかなか見通せない。想像で補うべき細部も含めてきれいにまとめられた記事がネット上に見当たらなかったため、本稿の執筆を考えた次第である。

 元のPC版も製品化されたPS版も3時間程度でクリアすることができる。ストーリー分岐はほとんどない。古くてマイナーなゲームではあるが攻略サイトはまだいくつもあるようだし、仮に進み方に困ってもマップを自作して行けるところすべて周れば確実にクリアできるため、本稿では攻略情報は扱わない。思い出す記憶の単位であるsceneのまとめと、想像を交えたストーリー全容の解説、そしてまだ残っている疑問について書いていく。

 今でもフリー版の『パレット』はこちらでダウンロードでき、Windows7までは動作を確認している。Windows95向けに作られているためWindowsXP以降では表示がおかしくなるが、以下の手順を踏めばほぼ問題なく遊ぶことができる。  
     
  1. Game.exeを右クリックし、プロパティ→互換性でWindows95互換モードに設定。  
  2. 起動するたびにCtrl+Alt+ESCキーで一度ウィンドウを最小化してから元に戻す。  
 
 PS版のほうが安定して遊べるが、手っ取り早く遊んでみたい人はPC版でもよいと思う。個人的には曖昧な点をよりはっきりさせてあるPS版を推す。

 
本稿は本ゲームをクリアした人を対象としており、おおいにネタバレしている。


 そのことを了解した上で、ネタバレOKな人は下へスクロールして読み進めてもらいたい。































目次

シーンまとめ

 各シーンでの出来事、台詞を番号順にまとめた。こうしてみると、シーン番号は時間軸に沿って振られていることが分かる。
 なお後で考察しやすくするため、ここではゲーム内の情報をそのまままとめるだけとし、感想や推測はなるべく書かないようにしてある。

scene 0 ひかり(PS版のみ)


光なんかなかった、ずっと1人だったというB.D.と、それを否定する帽子の男。
家の外。帽子の男と、赤いシルエットの女の会話。幼いB.D.を抱いている?
赤いシルエットの女「この子を見ていると、いつの日か世界から犯罪がなくなる日が来るんじゃないかと思う。しかしその「いつか」を待っていられない。胸を張ってこの子を迎えられる世界を私たちは作らなければいけない。どんなことをしても」
そのとき、B.D.が(初めて?)目を開けた。赤ん坊の笑い声。
B.D.「そうだ、私は一人じゃない」

scene 1 起点の罪


ビデオ「マシルト・クリムの供述」の内容。
マシルト・クリム、ベクター宅に強盗に入り、証拠隠滅(断片1では口封じ)のため現場に放火。
結果、一家5人のうち4人が焼死、1人だけが奇跡的に生き残った。
マシルトはこの時点で20年間服役。残された人生を罪を償うために生きようと思っている。

scene 2 窓のない部屋(PS版のみ)


ベクター宅、黒い帽子が置かれた父の部屋。
窓は常に固く閉ざされていた。
父はまるで何かに怯えているようだった。

scene 3 消えない傷跡(PS版のみ)


焼け焦げて真っ黒になった写真がB.D.の手の届かないところにあった。
それに何が写っていたのか、父は何も話さなかった。

scene 4 彼方へと続く道(PS版のみ)


街外れにあった停留所。
一日一本だけ、ゼブルへのバスが運行していた。

scene 5 停留所の少女(PS版のみ)


辺りには小さくて白い花がたくさん咲いていた。
一日一度の発着時間になると、B.D.はいつもそこにいた。
決してくることのない誰かを待っていたのかもしれない。

scene 6 赤いポスト


ベクター宅の外。
休みの日に、錆びたポストを父が赤く塗ってくれた。

scene 7 夕暮れの門


庭にいつもいた猫。飼い猫ではなく、B.D.にも懐かなかった。
懐かなかったがB.D.はこの猫を見ているのが好きだった。
「一人でいることが多かったから、きっと誰かに一緒にいて欲しかった」。
薄い本の入った封筒がポストから落ちていた。調査報告書在中とあった。

scene 8 図書館


図書館。

scene 9 セントラル・ニュース


司書「新聞や雑誌が真実を伝えているとは限らない」
図書館によくいる人「罪の遺産に書いてあることは本当なのか?」
  • セントラル・ニュース記事
    • クリム一家殺人事件
      マシルト(56歳)宅にて就寝中の家族5人が刃物で刺されているのを早朝に家政婦が発見。
      マシルトと、妻、子供3人即死。
      廊下で倒れていた6歳のカナリア、外傷はないがショックで意識不明。

    • ゼブル移民募集広告
      政府推進の新都市計画。国境近くのゼブル地区。
      戦災孤児、難民等に優先居住権あり。

    • 新刊情報
      クロム・ベクター『罪の遺産』。
      1000人にものぼる殺人犯の、家族の事件後の状況を記録した本。

    • 読者の声
      「警察は甘い。犯人は全員射殺だ」
      「娘が強盗を怖がって不眠症。隣国移住も考えている」

  • セントラル・ニュース廃刊のお知らせ。
  • セントラル・グループ破産報告。

scene 10 屋根裏部屋(PS版のみ)


赤く錆びた鳥かご。

scene 11 遺物(PS版のみ)


物置になっていた屋根裏部屋。
留め金の壊れたカバンや、おもちゃの電話があった。

scene 12 きしむ、風音


小さい頃、ベクター宅の近くの森に誰も住んでいない家があった。
B.D.は1人でよく遊んでいた。いつも1人だった。

scene 13 廃屋(PS版のみ)


壁に傷のある廃屋。B.D.が1人で遊んでいた。

scene 14 小箱(PS版のみ)


廃屋で遊ぶときはいつも赤いオルゴールを持ってきていた。
映画かラジオ、またはTVドラマで使われていた曲。

scene 15 市場


B.D.がよく買い物に行っていた市場。
りんごがおいしかった。市場のおじさんはいつも1つおまけしてくれた。

scene 16 赤い果物


市場のおじさんは優しい人。いつも帰り際に先生によろしくと。
いつの日だったか、ラッサから取り寄せた貴重品という薪木があった。
おじさんに頼めば麻薬でも銃でも何でも手に入る、という噂。

scene 17 食卓の風景


ベクター宅。食卓の上には赤い花。

scene 18 2人-A


棚には2人分の食器。
いつもB.D.が1人で市場で買い物をし、同じような食事ばかり作っていた。
帽子の男はB.D.の父。家にいるときも食事中でも帽子をしたまま。
いつも1人にさせてすまない、と謝ってばかりいた。
「おまえもいつかきっと分かってくれる。父さんがしている仕事の大切さが」

scene 19 市場の帰り道(PS版のみ)


市場の帰り道にあったお店。
ショーウィンドウにはきれいな服や家具、幸せそうなマネキンたち。
日が暮れるまでここにいたことがあった。

scene 20 ショーウィンドウ(PS版のみ)


お店のショーウィンドウ前。

scene 21 家族の偶像(PS版のみ)


古びた男女のマネキンと、子供。
子供には大きすぎる麦わら帽子。決してよく似合っていなかった。
それでもB.D.はこの人形たちが好きだった。
欲しかったのはこんななんでもない風景。

scene 22 残像(PS版のみ)


ベクター宅の庭。
訪ねてきた初老の男が父に言う。
これであの男に関する資料は最後。取り扱い注意。まだ我々の存在が公になっては困る。
ゼブル計画については若干の疑問。まだ時期尚早ではないか。
気を悪くしたなら謝る。きみにはきみの、我々には我々のやり方がある。
委員会を納得させられるだけの結果が出るよう祈っている。

庭にはテーブル。
ずっと小さい頃、晴れた日にはよく庭で家族みんなで食事をとっていた。
庭で声がしたので駆けつけるが、父しかいない。
テーブルには灰皿が一つ。
B.D.にも気づかず、燃えさしの吸殻の火を父はじっと見つめていた。

scene 23 届かぬ想い(PS版のみ)


父が虚ろな目でつぶやいている。「やはり戻ってきていたのか」
私の大切な人が、また私を置いてどこかへ行ってしまうという胸騒ぎ。

scene 24 (欠番)


scene 25 夜、1人きりの夜


ベクター宅、テレビのある部屋。
帽子かけには、いつも何もかかっていなかった。

scene 26 ニュース


クリム家殺害事件の続報。
カナリアが意識を取り戻した。
まだ意識は混濁しており、うわごとのように「額に大きな火傷の跡」と繰り返している。
それが犯人の特徴であり、犯人は頭髪や包帯、帽子などでそれを隠していると思われる。
番組でも情報を待っている。

scene 27 残されたモノ


帰宅したら誰もおらず、父の書き置きがあった。
「しばらく帰れそうにない。少し早いが誕生日プレゼントだ」
「姿を見られないのが残念だ」
「心配しなくていい。必ずお前を迎えに行く」

scene 28 麦わら帽子


テーブルの箱には、赤いリボンのついた麦わら帽子。
これが父からの最後のプレゼントとなった。

scene 29 早朝の門


ベクター宅の門。カメラのフラッシュ。

scene 30 光と群集


門の前で記者に囲まれるB.D.。
「お父さんは普段どんな人だった?」
「遺族への謝罪はどのように?」
私を責めないで。

scene 31 絵空事(PS版のみ)


教会前、雪を踏む足音。
誰も泣いていない葬儀。いくつもの棺桶。
誰にも見つからないように、B.D.は木の陰からそれを見ていた。

scene 32 壁の言葉


ベクター宅。壁に赤いスプレーで「人殺し」

scene 33 贖罪


庭にいた、B.D.に懐かなかった猫がひどい怪我をして死んでいた。
B.D.は父からもらった麦わら帽子を気に入っていた。
「本当にまだ小さかった頃のこと」
「楽しかったことも悲しかったこともみんな忘れてしまっていた」

scene 34 白い世界


冬場になると凍死する人が出るような雪道を、B.D.は1人で歩いていた。
「世界がこのまま全部真っ白になってしまえばいい」
木の枝に1つだけ残っていたりんご。

scene 35 彼方から続く道(PS版のみ)


停留所にはだんだん人が寄り付かなくなっていったが、バスは一日一度やってきていた。
ある雨の日まで、毎日必ずB.D.は発着時間にそこに来ていた。

scene 36 雨(PS版のみ)


傘をさしかけた赤いシルエットの女。それが誰だか、B.D.はすぐに分かった。
女「ただいま」。
女がなぜそこに来たのか、当時は分からなかった。
その真意を知らなければどれほど幸せだったか。

scene 37 夜風


どこかの草原。赤いシルエットの女とB.D.の2人(PC版では「落葉」と同じベランダ)。

scene 38 月(PC版では「変わらぬモノ」)


太陽にも星にもなれなかった三日月の話。
赤いシルエットの女が住んでいた村で、大人たちが子供たちによく聞かせていた。
自分自身であることの尊さと難しさを子供たちに教えるための寓話。
赤いシルエットの女も昔はそう思っていたが、今は月は太陽にも星にもなれるかもしれないと思っている。
ゼブルの街はそのために作られたと。

scene 39 約束の地へ


青白い紙。何か大事なことを決める書類。

scene 40 調印


赤いシルエットの女が持ってきた、ゼブルへの移民契約書。
移民に同意してゼブルで生活すれば、記憶を削除されることがあっても死刑囚ベクターの罪を軽減し助けることができる。
B.D.がまだ小さな子供の頃。
書類に調印し、赤いシルエットの女とゼブルで暮らすことになった。
女は何も言わずにB.D.を見ていた。

scene 41 ある夏の午後


墓場。
マシルト・クリムの墓に一度だけ墓参りした。

scene 42 マシルト・クリムの墓


クリムを含む5人の墓と、枯れた井戸。
赤いシルエットの女「気が済んだ? もう自分を責めるのはやめなさい」

scene 43 落陽


ゼブルのB.D.の家のベランダ。

scene 44 赤いシルエット


赤いシルエットの女はいつも寂しそうな目でB.D.を見ていた。
「大丈夫、あなたを知っている人はこの街には1人もいない。だからゼブルにいる限り誰もあなたを責めることはない」

scene 45 レンガの塔


目印みたいな感じの、赤いレンガの建造物。

scene 46 見えない壁


ここから先はゼブル領域外。
虚ろな目をしてふらふらしている男が突然振り返り、「ゼブルから出てはいけない。出たら殺される」と叫ぶ。
B.D.は何かに怯えて街の外に出られなかった。

scene 47 ランプのある部屋


ゼブルのB.D.の家の部屋。赤いシルエットの女の物置部屋?

scene 48 嘘と欺瞞


日記。「配合記録」「徐々に……記憶の……が」「計画は……順調に……」
日記を読んでいるところへ赤いシルエットの女が入ってくる。「この部屋に勝手に入っては駄目」
ビデオテープ「マシルト・クリムの供述」。
隠すように置いてあった木の束。赤いシルエットの女は何かを隠していた?

scene 49 キャンドルライト


ゼブルのB.D.の家の食卓。

scene 50 2人-B


何を食べても甘い味。
赤いシルエットの女が聞こえるように独り言。「またお砂糖入れすぎたみたい」

scene 51 キッチン(PS版のみ)


ゼブルのB.D.の家のキッチン。
背の赤い蟻が壁の穴から列を作っていた。

scene 52 パウダー(PS版のみ)


見慣れない小瓶から粉末がこぼれていた。蟻はそれに群がっていた。
調味料というより木くずに見えた。
その小瓶を見たのはそのときが最初で最後。

scene 53 小さな憧れ


ゼブルのB.D.の家の衣装部屋。

scene 54 クローゼットの中の昨日


クローゼットの中にはたくさんの、これまでに着たことのないような服。
薄いピンクのドレスがお気に入り。
はしゃいでいるB.D.を見て、赤いシルエットの女は嬉しそうにしていた。
B.D.はまるで赤いシルエットの女の人形のようだったが、心のどこかで憧れていた姿だったかもしれない。
女「今度はお化粧の仕方を教えてあげるわね」
箱の中にはアクセサリー。ネックレス、指輪、イヤリング。

scene 55 ゼブルの門


別名、見えざる門。
赤いシルエットの女「あなたがゼブルに住むことが交換条件。だからあなたはここにいなければならない」
「住人たちはありもしない幻に怯え、外に出ることを恐れている」
「いつかあなたの記憶がすべて消えるときがくる。そのときが来ても、これだけは忘れないでいて。あなたは……」

scene 56 書庫


専門的な本がたくさんある部屋。

scene 57 禁じられた部屋


  • クリム家に関する調査報告
    マシルト逮捕後、家族は数十回転居。
    事件当時5歳だった長男ポルナは周囲からの嫌がらせにより家に閉じこもることが多くなり、精神病院への入退院を繰り返す。
    長女メルニックは生活費を稼ぐためラッサタバコの密売に手を出し一度逮捕されている。
    ラッサタバコは経口摂取すると強幻覚剤となる麻薬。中毒性が低く、原産地では嗜好品となっているが、この国では使用を禁止されている。
    次男ルデュクに関しては特になし。
    マシルト出所後、妻エレーヌとの間に次女カナリア誕生。
    マシルトの再犯はないと考えられるがポルナの精神状態が不安定なため注意が必要。
    上記事実を部分的に隠蔽の上、書物の刊行をすることが望まれる。

  • 『罪の遺産』に関する報告
    犯罪者とその家族に関するドキュメンタリと称し、虚実織り交ぜた本として出版。
    犯罪者の家族に対する差別をなくすべく、すべての家族における犯罪者発生率をゼロと記したが、国民は猜疑心を抱く。
    いまだ犯罪者の家族は非人道的な扱いを受けることが多く、そうしたトラブルから二次的犯罪も発生している。
    罪とは何から何へ伝わるものなのか、私にはもう分からない。

  • 前任者、ベクターに関する報告
    委員会の『罪の遺産』編纂において唯一最大のミスは、ベクターの幼少時の経歴を見落としていたこと。
    彼は幼少時に家族を殺害されていたB.D.。
    20年前ベクターの家族を殺害したのがマシルト。
    時を経てベクターがあのような凶行に及んだのは我々の責任との声も。
    凶悪犯罪への国民の関心は年々非常に高くなっている。
    すべてはベクターの功績だが、それでも彼の極刑は免れないだろう。
    だがマスメディアを使った犯罪抑止実験は今後も続ける価値がある。
    それが彼の望みでもあるはずだ。

  • 幼児期における犯罪との接触が与える精神的影響および潜在的犯罪者発生率との関連に関する考察
    我が国の犯罪発生率は増加の一途をたどっている。
    一つの仮説として、幼児期になんらかの形で犯罪に関わった者は精神的に不安定になるのではないか。
    つまり犯罪者の子供は同様に犯罪者となる可能性を持っているのではないか。
    そうした子供を Born of Disorder(無秩序から生まれでた者、以下B.D.)と呼称する。
    犯罪発生率減少のためには犯罪者そのものではなくB.D.に対する策が必要なのではないか。
    我々は被験者達の協力のもと、その仮説の立証を行っている。

scene 58 ぬくもり(PC版では「大切なモノ」)


ゼブルのB.D.の家の、暖炉のある居間。
夜になると暖炉にあたってよく話をしていた。
B.D.が一日のうちで一番好きな時間。

scene 59 解き放たれた者


汚れた麦わら帽子。よく捨てろと言われていたが、大事なものだから捨てられなかった。
ラジオのニュース。刑務所から脱獄した殺人犯がゼブル近辺に潜伏中と警戒を呼びかけ。
赤いシルエットの女「あなたは気にしなくていい。早く寝なさい」
その部屋は電波が届きにくかった。

scene 60 始まりの赤


B.D.の部屋。
ナイフと、帽子の男の血が床に。
血のついた服。

scene 61 廊下


壁に血の手形。

scene 62 2人の声、扉の向こう


扉のノブに血。
ナイフを持った人。
扉の向こうの声。「あの娘を殺しに来た」

scene 63 静寂


扉の向こうの部屋。

scene 64 終わりの赤


帽子の男が倒れている。
血のついていないナイフが床に落ちている。
本棚に『罪の遺産』。ここではないどこかで読んだことがある。
赤いシルエットの女「部屋に戻っていなさい」

last scene パレット


B.D.は夢の中で、聞いたことのないはずなのに懐かしい声を聞いた。
目を覚ますと、床には血とナイフ。ラジオの警告を思い出す。
まだ犯人がいるかもしれない、とナイフを持って廊下へ飛び出す。
廊下にも血。犯人は怪我をしているのかもしれない。
突き当たりの部屋のドアノブにも血。
部屋の中に誰かが倒れていた。
ナイフを取り落とすが、知っている人だと思い近くで顔を見ようとし、「父さん?」と声をかける。
赤いシルエットの女が入ってくる。部屋に戻っていろと言われ廊下へ。サイレンの音が聞こえてくる。
部屋の外から中の会話を聞く。
男は脱獄の際に撃たれていた。罪の遺伝を自ら断ち切るため、B.D.を殺しに来たができなかった。
男「我々があの娘に残してやれるものは」
ブレーキ音とドアの閉まる音。
すべての事実を受け入れるため、再度部屋に入る。
私が本当に欲しかったものは。
複数の銃声とガラスを割る音、1人の足音。
入ってきた初老の男は赤いシルエットの女の上司。
子供のほうはまだ息があると見て、親の責任としてとどめを刺すよう女に言う。
初老の男「計画はおおむね成功しているが、例外はある」
「薬物により子供の記憶をなくし、新たな記憶を植えつけることで二次的犯罪を一掃する計画はきみ(=赤いシルエットの女)たちのもの」
「所詮B.D.はB.D.」
「薬物を使用しても記憶が戻ることもある。システムの改良が必要」
赤いシルエットの女は上司に銃を向けて発砲。

事件のショックでB.D.は一時的に失明。
赤いシルエットの女は国民の平均年収の3年分の賞金を懸けられる。

1年3ヵ月後


シアンの診療所。
B.D.記憶と視力を取り戻す。
サイレンの音。
赤いシルエットの女に「警察に出頭するか、それとも……」と聞かれ、迷わず逃げる道を選択。
赤いシルエットの女とともにB.D.逃走。

エンディング(シアンの語り)


彼女に必要となったのは、思い出したくない記憶の数々だった。
パレットに不要な色などない。
彼女が無意識に捨てた記憶は、私の中にしまっておくとしよう。

追記:夢の内容


夢の中で、目が見えなくなっていたB.D.。父との会話。
一人暗い部屋にいたが、懐かしい声がして不安が薄らいだ。
本当に目が見えなくなったらそばにいてくれるか、の問いに父無言。

PS版のPC版との相違

システム面

  • PC版ではB.D.の精神世界でしかセーブができなかったが、PS版では逆にシアンの部屋でないとセーブできない。

  • PS版では記憶の断片の説明が追加されている。シアンの部屋でのみ確認可。

ストーリー面

  • 帽子の男と赤いシルエットの女との会話シーンの追加(scene 0)
     これにより赤いシルエットの女がB.D.の実の母であることがはっきりした。

  • バス亭のシーンの追加(scene 4, 35)
     赤いシルエットの女がいつ、どこから来たのか、またいつ頃B.D.たちの元を去ったのかが示唆されるようになった。

  • ベクターに関する描写の追加(scene 2)
     ベクターの苦悩と恐れの深さがより強調され、脱獄してまで娘を殺そうとしたことにも説明がつきやすくなった。

  • B.D.の心情描写の追加
     一人きりでいた寂しさの強調(scene 11、13)、家庭的な温かさに憧れていたこと(scene 21)がいくつかの追加シーンによってはっきり表現されるようになった。これによりB.D.がlast sceneで言っている「私が欲しかったもの」がPS版では明確になっており、同じくlast sceneで帽子の男が言う「我々があの娘に残してやれるもの」もその対比としてはっきりした。

  • ラッサの木材に関する描写の追加(scene 52)
     「木の束」をどういう形で「食材」にしていたかが明確になった。もともと追加する必要はさほどない話だと思うが、細部を詰めたということか。ただ、それなら最初からパウダー状態で売られているんじゃないか、という気もしてしまう。

ストーリー考察

 物語中の出来事を時系列で並べ、全体を考察してみる。


 まず、すべての始まりである起点の罪(scene 1)。マシルト・クリムがベクター宅に強盗に押し入り、証拠隠滅のために放火。火事によりクロムを残してベクター一家は全員死亡し、クロムの額には火傷の跡が残った。マシルトはその後逮捕される。

 マシルトが殺害されたとき56歳だったこと(scene 9)、服役期間が約20年であること(scene 1)、出所後に生まれたカナリアがマシルト死亡時に6歳だったこと(scene 9)から、このときマシルトは29歳以下。まだ若く、子供もすでに3人いたことから、生活苦による犯行だったのだろうか。

 マシルトの逮捕により、クリム家は周囲から数々の嫌がらせを受けて数十回転居を繰り返す。長男は精神を病み、長女は生活費を稼ぐために麻薬に手を出し逮捕もされている。


 事件から約20年後、マシルト出所。ただしこの20年という数字は供述ビデオ(scene 1)に出てくるだけで、撮影の後すぐ釈放されたとも限らない。実はさらに10年以上服役していたかもしれないが、最初の事件が20年以上前に起こっていたとしても物語の他の要素には影響しない。クロム・ベクターが事件当時すでに生まれており、放火事件をはっきり記憶するくらいには物心がついていれば齟齬は生じないので、とりあえず20年としておく。

 マシルトの出所からしばらく後、B.D.誕生(scene 0)。PC版にはなかったこのシーンの追加によって、赤いシルエットの女と帽子の男の関係、赤いシルエットの女がB.D.の実の母親であること、が示されるようになった。二人が住んでいたのであろう家、その外にいる幼いB.D.を抱いた赤いシルエットの女と帽子の男、とくれば帽子の男と赤いシルエットの女が夫婦かそれに近い関係であり、B.D.が二人の実子であると考えるのが自然。また会話の内容から、二人ともゼブル計画に積極的に関わっていたことも察しがつく。

 B.D.の年齢は不明だが、マシルト死亡から間もない頃にはまだ小さな子供だった(scene 35、猫が殺された時期)ことと、マシルト死亡時にカナリア・クリムが6歳(scene 6)、つまり出所から死亡までに最低7年は経過していることから、B.D.が生まれたのはマシルトの出所とほぼ同時期と推測できる。おそらくB.D.とカナリアとはほぼ同い年ではなかったか。


 帽子の男ことクロム・ベクターは自分だけが生き残った強盗放火事件のことを忘れられずにいる(scene 3)。それどころか自分がB.D.であることが露見しないか、また自分も犯罪を犯すのではないか、と常に怯えている。そのため自室の窓は常に閉ざしたままで、B.D.への対応策である『罪の遺産』執筆のための調査やゼブル計画実現のため、家を空けていることが多い。

 犯罪の増加とそれに対する国民の苛立ちや不安の高まりはscene 9のニュース記事への投稿に表れている。犯罪に関わった者もまた犯罪者になりやすい、という考え方はすでにこの国には広まっていたようで、その発想を根拠のないものとするために『罪の遺産』には「犯罪者の家族による犯罪発生率はゼロ」と極端なことまで書かれたが、国民はかえって猜疑心を抱く。

 ベクターが『罪の遺産』の著者であることは市場のおじさんをはじめ近隣住民には知られており(scene 15、先生と呼ばれている)、娘のB.D.もよく行く図書館で「『罪の遺産』に書かれていることは本当か」と聞かれている(scene 9)。

 そんな状況下で自らがB.D.であると知られることは、やはりリスクがあっただろう。人目を気にして自室の窓をずっと閉め切っていたことや、『罪の遺産』編集チームがベクターの過去に気づいていなかったこと(scene 57)から考えても、ベクターはマシルト殺害前から、過去の事件の傷跡を隠していたのではないだろうか。窓を閉めた部屋にだけ彼の帽子が置かれていたということは、事件前から帽子もかぶりっぱなしで額の傷を隠していたのかもしれない。彼の恐怖が相当に深かったことは確かである。


 ベクターが仕事にのめりこんでいるため、一人娘のB.D.はほとんどの時間をひとりぼっちで過ごさなければならなかった。B.D.がごく小さい頃は、彼女の母親である赤いシルエットの女も一緒の家で生活しており、天気のいい日は庭で食事もしていた(scene 22、家族「みんなで」という表現から)。が、B.D.が物心つくかつかないかという頃に母親は家を出てゼブルに向かい、それきり帰っていない。B.D.に関する自らの仕事を早く先に進めたかったのだろう(scene 0、「その「いつか」を待ってはいられない」)。一人きりのB.D.は母親がもう戻ることはないと理解しつつも、母親が去ったバス亭に毎日通い続ける(scene 4)。

 母親が不在になってからは、市場への買い物から父親と二人分の食事の用意までB.D.が一人でやっていたが、当時6、7歳ほどであったろうB.D.のその姿は人々の同情を誘ったのだろう。市場のおじさんなどは決まってりんごを1つおまけしている(scene 15)。

 友達もおらず、いつも物置からガラクタを持ち出しては、廃屋で一人で遊んでいた(scene 11、13)。父ベクターは部屋の窓を閉め切っているくらいだから、近所に対しても社交的とはいえない態度だっただろう。B.D.に友達ができなかったのは彼女の性格のほかに、そういう理由もあったかもしれない。一人ぼっちを寂しく感じていたB.D.は庭にいつもいた猫(scene 7)に興味を持つが、猫もまったく懐こうとしない。それでも彼女はその猫を見ているだけで、いくらかでも寂しさを紛らわせていたようだ。

 ベクターはそんな娘にいつも申し訳なく思っているが、胸を張って娘を迎えられる状況を作るため(scene 0)、いつか娘が理解してくれると信じて仕事中心の生活を続ける(scene 18)。娘が普通の家庭生活に憧れ、市場への帰り道にある店のショーウィンドウ越しにマネキンの家族をずっと眺めていたこと(scene 19)を、彼は知らなかった。


 そんなある日、初老の男ことベクターの上司がベクター宅を訪ねてくる(scene 22)。彼は調査報告書を持参したのだが、ついでにゼブル計画に対する疑問、若干の反感を見せる。ゼブル計画関係者をベクターも含め「我々」と呼んでいるにも関わらず、「きみにはきみの、我々には我々のやり方がある」とベクターを突き放している。そして犯罪者マシルトに関する最後の調査資料をベクターに手渡して去る。上司はこのとき、マシルトとベクターの関係にまだ気づいておらず、後にその不手際を指摘されている(scene 56)。

 この最後の報告書にはマシルトの出所について書かれており、ベクターはそれを知って苦悩する。父親のそんな姿を見て、母親に続きまた大切な人が去ってしまう、という悪い予感をB.D.は抱く。


 復讐心に抗えなかったのか、ベクターはある夜クリム家に押し入り就寝中の一家を刺殺する。しかし当時6歳のカナリアだけは、額の火傷の跡を見られたにも関わらず殺すことができず、それどころか傷一つ負わせることなく逃走した。カナリアに一人娘の姿を重ねてしまったのだろう。

 カナリアは家族を殺されたショックで一時意識を失っていたが、回復すると犯人の特徴をうわごとのように口にし始めた。そのニュースを、一人きりの夜にB.D.はテレビで見ている。

 ベクターは自分が早々に捕まることを覚悟し、娘に早めの誕生日プレゼントを残して家を出た。もう娘と会えないだろうと考え、今の娘には大きすぎる帽子を買っている。このことはマネキンの家族の記憶と重ねて述懐されている(scene 21)。

 B.D.が帰宅したときにはすでにベクターは去っており、父の書き置きに不安を覚える。父親からの最後のプレゼントとなったその麦わら帽子を、その後B.D.はずっと大切にし続ける。


 早朝、門の前で記者たちの質問とフラッシュを浴びて、B.D.は父の犯罪をはっきりと知る(scene 30)。一方被害者であるクリム一家はこの時点でも周囲から浮いた存在だったようで、葬儀では誰一人泣いていなかった。運ばれていくいくつもの棺桶を、B.D.は現実感のないもののように見送る(scene 31)。

 近隣住民がB.D.に向ける目は冷たく、家の壁には「人殺し」と落書きされ、彼女が親しみを抱いていた猫は嫌がらせとして殺される(scene 32、33、「贖罪」というサブタイトルから猫は近所の住民に殺されたのだろう)。彼女を責める言葉はやがて彼女の自責へと変わり、幼くして自殺を図るほど追い詰められる(scene 34)。

 そんな中でもB.D.はゼブルに向かうバス亭に毎日通い続けていたが、あるひどい雨の日、ゼブルからやってきた赤いシルエットの女が彼女に「ただいま」と声をかける(scene 36)。その女はB.D.の実の母親であり、長い年月離ればなれだったにも関わらず、B.D.はすぐに母と認めている。母親は三日月の寓話とゼブル建設の目的についてB.D.に話して聞かせ(scene 38)、ゼブルに移住し記憶を削除される代わりに父ベクターの刑を軽くするという契約書に調印させる(scene 40)。おそらく母親は、「B.D.」となってしまった娘を救うにはゼブルに連れていくしかない、と判断したのだろう。しかし契約書の内容は不当な取引であり、「犯罪者家族による犯罪発生という仮定を、被験者の同意のもとに検証している(scene 56)」という主張の裏にこうした悪辣なやり口があったことを示唆している。

 母はすでにそうした組織の強引な手口に不信感を抱いていたかもしれない(契約書を前にした娘に何も言っていない)が、幼いB.D.には「記憶を削除される」ということすらはっきり理解できていなかったかもしれない。彼女に見えていたのは父親の減刑という言葉だけだっただろう。


 B.D.の求めに応じて、母はクリム一家の墓へ彼女を連れていく(scene 42)。ゼブルに永住するB.D.にとって、それが最初で最後の被害者の墓参りだった。母は娘の自責の念を見てとり、ゼブルの家に落ち着くと、もう誰もあなたを責めることはない、と言い聞かせる(scene 44)。娘が憐れでならなかったのだろう、B.D.から見た母親はいつも寂しそうな目をしていた。

 クリム一家の葬儀が冬(scene 31)、墓参りが夏(scene 41)だったことから、ゼブルへの移住はベクターの犯罪から半年ほど経った頃と思われる。B.D.が嫌がらせを受けながら同じ場所に住み続けるのは困難であっただろうから、1年以上経っているとは思えない。

 ゼブルには赤いレンガの門があり、その脇にはそこから先がゼブル領域外であることを明記したバリケードがあった(scene 46)。住民たちは街の外に出れば殺されると思い込んでおり、その怯えはB.D.にも伝わる。やはり記憶の操作をされているのか、住人はふらふらと落ち着きがない。


 ゼブルの家には母が入ってはいけないという部屋があり、そこには隠すように置かれた材木と、母親の日記が置かれていた(scene 48)。日記の内容から、ラッサ材を用いた記憶の削除手法は母親が研究していたものと思われるが、幼いB.D.にはそこに書かれたことが理解できない。日記を読んでいる最中に母親が部屋に入ってきて、もうこの部屋には入らないようにと念を押す。

 それだけでなく、いつも甘い味付けの食事(scene 50)とその言い訳や、キッチンで一度だけ見かけた蟻のたかるパウダー(scene 52)など、母親が何かを隠しているとB.D.ははっきり感じるようになる。

 一方で、母親はそれまで父と二人暮らしだったB.D.が着たことのないような服を与え(scene 54)、化粧の仕方も教えてあげると言う。母にとっては失われた娘との時間を取り戻しているようで嬉しかったのだろうが、B.D.はそうしたことを喜びつつも、自分の生活を母親の人形めいたものに感じている。

 そうした母親への不信感からか、ゼブルを出ていこうとしたB.D.に、母は契約の内容を思い出させる(scene 55)。記憶を失っていく娘に、それでも忘れてほしくなかったのは自分たちが両親であるという事実だったか、それとも彼女が望まれて生まれてきたという、自責や記憶が消えることへの不安を和らげてくれる考え方だったのか。いずれにしても、B.D.は何と言われたかを忘れてしまっている。


 ある日、B.D.は入室を禁じられた書庫に足を踏み入れ、書物に記された父親の仕事と、父とマシルトとの関係、「B.D.」という考え方について知ってしまう。『罪の遺産』を読んだのも、「マシルト・クリムの供述」のビデオを観たのもその部屋かもしれない。『罪の遺産』の執筆さえしなければ、父がマシルトの出所を知ることもなかった。それに今では彼女自身が「B.D.」と呼ばれる人間になっている――。記憶を失った彼女が自らをB.D.と呼んだことからも、そこで知ったことがどれほど彼女に衝撃を与えたかが分かる。

 まだ父親のことをはっきり憶えていたということは、書庫での出来事はゼブルに移住してからそれほど年月が経っていない頃だろう。

 また書庫にある「ベクターに関する報告書」にはマシルトがベクターの家族を殺したのが20年前となっており、他の情報と食い違う(27年以上前)が、これはこの報告書において「いつ事件があったか」の正確な日付は重要な情報ではないため、おおよその数字を挙げただけだと思われる。


 そして月日は流れ、B.D.は暖炉のある部屋での一日の終わり、母親との会話の時間を居心地よく感じるようになっていた(scene 58)。そこはラジオの電波の届きにくい部屋だったが、記憶を消されるべきB.D.が外の情報を得ることを抑えるための環境だったのだろう。その部屋の帽子かけには古びた麦わら帽子がかけてあったが、母に捨てろと言われても、B.D.は捨てられなかった。それが大切なものだからという漠然としたこと以外、すでに彼女は帽子のことも、おそらく父親のこともほぼ忘れている。ゼブル移住から数年は経っていると思われる

 そんなある夜、B.D.は脱獄囚がゼブル近辺に潜伏しているというニュースをラジオで聞く。母親に気にするなと言われ、不安ながらもB.D.は自室に戻ってベッドに横になるが、夢の中で懐かしい声を聞いた気がして夜中に目を覚ます。床には血だまりと、血のついていないナイフ(scene 60、64)。自分の服にも血がついていた。ラジオのニュースを思い出し、犯人が家の中にいるかもしれないと思ったB.D.は、ナイフを手に取って廊下へ飛び出す。

 廊下にも血の跡があり、壁には犯人のものらしい血の手形がついていた(scene 62)。犯人は怪我をしているのかもしれない。

 突き当たりの部屋のドアノブに血がついているのを見て、B.D.は意を決してその部屋に入る。そして部屋の奥に誰かがいると気づいて、思わずナイフを取り落とす。しかし同時にそれが知っている人に思えて近くまで寄っていく。顔を見て彼女が発した言葉は「父さん?」だった。

 そこへ入ってきた母親に部屋に戻っているよう厳しく言われ、いったん部屋の外へ出る。家の外からはパトカーのサイレンが聞こえ、父が追われ追い詰められていることをはっきりと悟る。この時点で、一度消えた記憶は戻りかけていただろう。

 ドアの前で、B.D.は中の会話を聞く。父が脱獄の際に撃たれたこと。罪の遺伝を自ら断ち切るために娘を殺しに来たが、果たせなかったこと。ずっと自身も犯罪者になることを恐れていたベクターにとって、それが現実となった今、愛する娘も将来犯罪を犯すであろうことが自分の中で決定的となってしまい、その意識に耐えられなかったのだろう。娘に罪を犯させるくらいなら自分の手で、という考えは彼の経歴から考えて不自然ではない。

 我々が娘に残してやれるものは(last scene)。その父の言葉が指すのはゼブルでの生活であり、記憶を削除された後に待っている、犯罪とは無縁の生活のことだろう。

 何も知らなければ、両親が自分のために用意してくれた人生を送ることもできただろう。しかしすべてを知ってしまったB.D.は、母に聞いた太陽にも星にもなれるかもしれない三日月の話を思い出す。家の前でブレーキ音と車のドアが閉まる音。時間がないと知ったB.D.は再び部屋に入った。母の制止を振り切って父の元に駆け寄る。彼女が欲しかったのはどんなものであれ両親が「残して」くれるものではない。ずっと望んでいたのは当たり前の家族の生活であり、両親との日々の暮らしだった。それを伝えれば太陽や星に、彼女のなりたいものになれるかもしれない、その最後のチャンス。

 それを奪ったのは銃声だった。続いてガラスを割り歩いてくる足音。

 発砲し家に入ってきたのは両親の上司だった。彼は脱獄囚ベクターを迷わず射殺したが、そのB.D.である娘をもついでに殺すつもりだった(まだ息がある、という表現から狙ったのは明らか)。彼はベクターを犯罪に走らせた責任を問われていて(scene 57)ベクターを忌々しく思っていただろうし、同時にベクターが進めていたゼブル計画へも不信感を持っている(scene 22)。世間の風潮からも(scene 9)、「所詮B.D.はB.D.」という彼自身の台詞からも、犯罪者もそうなる可能性のある者も殺してしまえばよい、という考えを持っていて不思議はない。

 上司は母親に、娘のとどめを刺すことが「親の責任だろう」と冷たい言葉をかける。夫を射殺され、娘も殺されかけ、B.D.を人ではないもののような口ぶりでけなす上司に対して殺意を抱いた母親は、彼に銃を向けて無言で引き金を引く。

 『罪の遺産』の発想は、犯罪者の家族への非人道的な扱いを減らすことが、二次的な犯罪の抑止に繋がるというものだった。上司のような無理解な人間がいなくなりさえすれば、B.D.への対処はそれだけで十分だったかもしれない。


 撃たれた物理的ショックと、父親を永遠に失った精神的ショックによりB.D.は一時的な失明に陥り、戻りかけていた記憶も再び閉ざされてしまう。母親はそんな娘を連れて逃げるが、多額の賞金をその首にかけられてしまう。犯罪者の家族の記憶を消して新たな記憶を植えつける、という倫理的に問題のあるゼブル計画そのものがいまだ秘密とされているのに、強引な手口で犯罪者の家族を実験に「協力」させていた事実(scene 40)が知れれば、ゼブル計画を進めていた委員会やゼブル建設を進めた国に対して猛烈な抗議運動が起こるだろう。内情を知る母親に賞金がかけられたのも当然といえる。

 もう記憶の削除や偽りの生活を続けなくて済む以上、心情的にも逃走を続ける上でも、娘には記憶を取り戻させたほうがいい。しかしお尋ね者である以上、まともな医者に診てもらうことはできない。最後の事件から1年と3ヶ月が過ぎた頃、危険を承知でB.D.を幼少期を過ごした土地に連れてきたのは記憶が戻るきっかけを求めてのことだろう。

 しかし思い出したくない記憶ばかりのB.D.は、幼い頃憧れたTVドラマの主人公、精神科医シアンの人格を作り、崩壊しかけた彼女自身の人格を保護しようとした。

 ドラマのある回をなぞるように、シアンと電話で会話し記憶を取り戻していくB.D.。それは彼女自身に記憶を取り戻したいという欲求もあったことを示している。母親の協力を得てすべての記憶と視力を取り戻したB.D.は、母に問われて迷わず逃げる道を選ぶ。

 その返事が生き生きとしていたのは、父を亡くした今、逃げることだけが残された家族と共に過ごせる唯一の道であり、そしてその道を今度こそ自ら選択できるという喜びからだったのかもしれない。


PS版で解けた謎

  • 赤いシルエットの女とB.D.との関係
     PC版では赤いシルエットの女の正体が不明瞭で、B.D.の実の母とも、ゼブル移住後の育ての母のようなものとも受け取れるが、PS版では帽子の男との会話(scene 0)により実の母であることがほぼ確定している。ただし同じくPS版で追加された記憶の断片「赤いシルエットの女」の説明文には「各シーンの赤いシルエットの女が同一人物であるかどうかも不明」とあり、同一人物でないとするなら話はずっとややこしくなる。

残る疑問

  • B.D.の服についた血は誰のものだったのか
     結局B.D.は刺されてもいないし人を刺してもいない。となると服についていた血はいったい誰のものだったのか。
     これは寝ている娘に声をかけた父のものだったのかもしれないし(だとするとB.D.の寝相の悪さが気になる。服の下のほうが血に汚れてたし)、そのあと血まみれの父の元に駆け寄ったときについたのかもしれないし、その後撃たれたときの自分の血かもしれない。記憶どおり、ベッドから降りたときすでに血がついていたのなら最初の説が有力だが、「はじまりの赤」から「終わりの赤」までは1つのシーンで時間が前後した情報が同時に現れていたりするので確定しきれない。

  • クリム家の家政婦の謎
     クリム一家殺害は家政婦により発見されたというが(scene 9)、周囲から嫌がらせを受け続け、数十回の転居を繰り返し、長女が生活費に困って麻薬密売にまで手を出したという一家に、家政婦を雇えるほどの財力があるものだろうか。
     クリム一家を憐れに思った善意の人間だった……などと考えてもよいが、それなら葬儀のときに一人くらい泣いている人間がいてもよさそうなものである。

  • セントラル・グループの破産と物語の関連
     これが物語にどう関わっているのかが分からない。これを表す記憶「告知の断片」はたくさんの障壁の奥にあることから、B.D.が思い出したくない気持ちの強いものだったと考えられる。これと同時にマシルト殺害犯の特徴を伝えるニュース(scene 26)を思い出したということは、クロムあるいはマシルトと何か密接な関係が? 『罪の遺産』を出版したセントラル出版も破産した、つまりせっかくのベクターの努力も十分世間に行き渡ることがなかった、とでも解釈すればよいのか。あるいは単純に、セントラル・ニュースに寄稿しているはずのシアンの現実に矛盾が生じるために思い出したくなかっただけだろうか。

  • エンディングでシアンが述べている「彼女が無意識に捨てた記憶」とは
     なんとも意味深である。PS版だけならエンディング前の分岐を指すものと片付けられるが、分岐のないPC版の頃からこの言葉はある。となると深い意味はなく、単純に記憶の断片を繋ぐ細部の記憶を指しているだけかもしれない。
     やや凝った見方として、PC版には各シーンタイトル用の画像素材が含まれているのだが、それを見ていくと「公園」「目を背ける者」「砂漠に咲く花」といった本編で使われていないものがいくつか見つかる。これら「作者が入れきれなかった内容」が「彼女が無意識に捨てた記憶」であり、いつかバージョンアップ時にでもシーン追加する、という構想を作者がシアンの言葉に暗示させたのかもしれない。PS版でもこの台詞が残っているのは、まだ作りきれなかったシーンがあるか、または単なるチェックミスとか。
     それとも、とある無意識に捨てられた記憶を持ってくると、話ががらりと変わってしまうのだろうか。それはそれで面白い。それはどういった記憶だろう、と考えてみると、このゲームの世界をさらに楽しむことができるかもしれない。

  • 欠番のscene 24
     時間軸でいえば、ここはベクターがマシルトとその家族を殺害した時期に当たる。そんな重要な場面が欠番になっているのは偶然とは考えにくい。
     意図的な欠落だとすれば、B.D.はクリム宅に向かうベクター、あるいは憎悪に燃える父の姿を目にしており、それがもっとも思い出したくない記憶だったためにここだけ欠けている、というのはなかなか説得力のある考えだと思う。
     ではこれが前項の「彼女が無意識に捨てた記憶」だろうか? 改めてPC版のシーンタイトルを調べてみると、これに相当する欠番シーンは存在しない。だが当時は「欠番」という形でそれが表現されなかっただけで、実はこれこそが捨てられた記憶、と考えてもよいのかもしれない。

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